Sponsor
(黒執事)



「坊ちゃん。
今、何と……?」


黒ずくめの男は驚いたように目を見開いた。
対する少年はさして気に留めた様子もなく、机上に積み重なる書類の山に目を通しながらちらり、と男に視線を送るだけ。


「聞こえなかったのか?
お前の名前は今日からセバスチャンだ。」


名前が無くては不便だろう。

素っ気なくそう付け加えると、何事もなかったかのように再び書類に目を向ける。
そんな様子の小さな人間を怪訝そうに眺め、たった今セバスチャンと名付けられた男は呟いた。


「……悪魔に人間の名など不要ですが、ね」


言葉は届いているようだが、こちらに意識を向ける気など毛頭ないらしい。
相も変わらず視線を落としたままの少年は、書類にサインを書き込み、つまらなそうに口を開いた。


「フン。
安心しろ、僕が以前飼っていた犬の名前だからな。
ついでにファミリーネームも付けてやろうか?」


そこで一度言葉を区切ると、少年は唐突に顔を上げ悪戯を思い付いた子供のような表情で笑った。


「ミカエリス。
セバスチャン・ミカエリスなんてどうだ?」


その言葉を聞いた瞬間に全身をピリリとした電流が走った。
これは他でもない。
明らかすぎる嫌悪感。
正しく虫唾が走るとはこのことを言うのであろう。


「……坊ちゃん、正気ですか?」


あからさまに反応を窺うような視線を向ける主人に舌打ちをくれてやりたくなる。
わかっていて反応を楽しんでいるのだろう、この小さな人間は。


「洒落た名だろう?」

「……そうですね。
殺意が沸き上がる程素敵な名前だと思いますよ」


その言葉がいたく気に入ったのか、少年は満足げに嗤うと再び視線を書類に戻そうとする。
そこで、ふと、何かに気付いたかのように視線を男にやると訊ねた。


「まるで逢ったことがあるような口振りだな」

「逢ったことがあるからそう言ったのです。
今思い出しても、実に不可解な人間でしたよ。
“セバスチャン・ミカエリス”という男は、ね」


ふと脳裏を過ぎったかつての光景に、僅かに眉間に力が入るのを感じる。
そんな男の様子を目にしてか、少年は物珍しげに瞬いてから尋ねた。


「……何のために“奴”と逢ったんだ?」

「彼がわざわざ来たのですよ。
『悪魔』を払いに」


「それで、奴はどうしたんだ?」

「私が此処にいるのですから、勿論失敗しましたよ。
そもそも“あの程度”の儀式で悪魔を払えると思っているのですから、何ともおめでたい人間ですね」

「儀式……?」

「ええ。
教会で悪魔追放の儀式だとか何とか……
まさか坊ちゃん、悪魔は教会や十字架が苦手、だとでも思っているのではないでしょうね?」

「違うのか?」


これだから人間という生き物は……

ふぅ、と思わず口をついて溜め息が零れ落ちた。
人間という生き物は、可笑しな思い込みと固定観念に捕らわれすぎて、すっかり身動きが取れなくなっている。
印象と見かけと他人から聞かされた根拠も何もない噂話。
勝手に思い込み、勘違いをし、自分自身の持っている凝り固まった物差しで物事を決め付ける。
だから簡単に騙されるのだ。
そう、例えば悪魔などに───。





拍手ありがとうございます!!何かありましたら一言

あと1000文字。