ありがとうございました! 動きがほとんどなくて申し訳ないので こちらにこっそり小話を置いておきます。 本編とはまったく違うゆる~い雰囲気になっておりますので ご閲覧の際にはお気をつけ下さいませ。 ではお楽しみいただければ幸いです。 「本当に、やるの~?」 「ここまでやっておいて、何言ってるの!絶対分からないしクリフトの驚くところ見たいじゃない!」 「別に……見たくは……」 「ほらほらいいから、行こ!」 クリフトは一人、宿のテラスで読書していたところだった。新緑が目に眩しく、いい季節だ、と本から顔をあげて外の景色をぼんやりと眺めていたクリフトは、何やら背後でこそこそと話す声に気付いてはいた。 (……また姫様が何かいたずらを企んでいるのでしょうか) サントハイムを出て、世界中を色々と見て周るうちにやはり確信したのは、我が国の正当なる王位継承者である、アリーナ姫の年齢に対しての落ち着きのなさであった。少しは旅をしているうちに落ち着かれるのでは、と期待をしていたものだったが、その気配は一向に感じることが出来なかった。今日も今日とて何かを、多分自分に仕掛ける悪戯か―を企んでいるらしい。 木作りのテラスにかつかつと響かせて近づいてくる足音が二つであることに気付き、そっと後ろを振り返って、またクリフトは仰天した。 「姫……様……?」 「じゃーん。どちらが本当の私でしょうか!」 「でしょうか!」 振り向いたクリフトの目の前には二人のアリーナ姫がいた。だが、その違いはまったくない。まるで双子のように笑っている彼女たちのうち、もちろんどちらかは本物なのだろう。そしてもう一人は「モシャス」という形態模写の使える人物。おおよそマーニャだろう、とクリフトは思う。見た目の違いは一切無い。表情も二人ともがいつものアリーナのそれ。ただ片方が微笑んだとき、ふと違うと感じた。自分の仕える姫君はそんなに憂いを帯びたような微笑み方はしない、と思ったクリフトは、そちらのほうに年齢差を感じ、逆のアリーナに視線を向けた。 「あなたがいつもの姫様でしょう?」 すると二人のアリーナはお互いを見詰め合う。そしてクリフトが指摘しなかった方のアリーナからは煙が一瞬あがった。その煙を払いつつ現れたその人物が予想を裏切っていて、クリフトは目をむいた。 「え……エッダさん?」 「すごいね、クリフト、何で分かるのかしら」 「ほんと、そっくりだったのにね」 そう言って首を傾げて姫と笑いあう旅の仲間のリーダーにクリフトは言った。 「なぜ、エッダさん……?」 声を掛けられた当の本人は、今度は少し申し訳なさそうに眉を八の字にしてアリーナの方をちらりと見る。 「ごめんなさい。あの、アリーナがちょっとやってみようって」 「そうなの。ちょっと暇だったから、ね、二回戦やるからちょっと待ってて!」 「はぁ……」 クリフトの気のない返事にさえも嬉々として、アリーナはエッダをひっぱり、元来た方へと戻っていった。エッダの気が進まぬように足をのんびりと動かす様にもアリーナ本人は一向に気に留める様子もなく、クリフトは苦笑を漏らす。 モシャスは形態模写の呪文だから、本当に全く同じ姿になる訳だ。声も、戦闘能力も。でも中身は変わらないのであれば、どちらがどちらか分かるはずだとクリフトは思う。 ほどなくして、またテラスに二つの足音が響いた。再び読みかけていた本の文字を追うのを止め、顔をあげると、クリフトは今度は心臓がどきりと跳ね上がる気がした。 「どっちが本当の私でしょうか?」 「でしょうか?」 目の前にぐっと顔を近づけてきていたのは、エッダだった。その隣にも少し微笑んでエッダが立っている。こんなに顔をまじまじと明るい場所で見るのは初めてのことで、クリフトは一気に身体中の血液が勢いよく流れるように感じた。もしかしたら中身はアリーナかもしれない。エッダはこのように無邪気に顔を近づけてはこないと思いながらも、何とも確信は持てずにいた。 簡単に言うと、頭が回っていなかったのだ。 ふと目に入ったエッダの胸元を振り切るように首を振りながら少し仰け反ると、今度は自分の隣にエッダが立っていた。その顔に自ら自分の顔を近づけてしまう格好になり、また慌てて逆の方へと身をひく。 「ちょっと難しいかな」 いかにも自信がなさそうに儚げに隣にいたエッダのほうが言った。 眼前に顔を近づけてきたほうのエッダは首を傾げて、少しだけ笑った。たまにトルネコが言った冗談に笑うときと同じ顔だった。 急に酷使された心臓を庇うように胸に手を当ててクリフトはもう片方の手を額に当てた。 その姿に二人のエッダは「悩んでるみたい」と目を合わせて笑いあった。 目の前のエッダの方が、ちゃんと見て、と言ってクリフトの頬を掴んで顔を上げさせた。クリフトはその頬を真っ赤にして顔が近いエッダから視線をはずす。すると隣にいたはずのエッダがクリフトを覗きこんでいた。近すぎる二人の顔にとうとうクリフトは両手で顔を覆ってしまった。 「……分かりました。降参です」 「ふふ、私たちの勝ちね」 「ほんと、ああ、罰ゲーム考えておけばよかったわ!」 罰ゲーム?これはもはや罰ゲームではないのだろうか。クリフトはそう思いながら熱い頬を手の甲で抑えながら目を開くと、その「罰ゲーム」と言った方のエッダから勢いよく煙が舞い上がり、そしていつも見慣れた栗色の巻き毛がふわりと煙をかき散らした。 「ごめんね?クリフト、びっくりした?」 「……はい。驚きました」 「クリフト、顔真っ赤だよ!」 高くアリーナの楽しそうな笑い声が響いた。頭痛を感じてクリフトはこめかみに指を当てた。 クリフトの視線の端に心配そうなエッダの顔が映る。何事かアリーナがエッダに囁き、そのまま二人はその場を去っていった。そうしてやっとクリフトはほっと息を吐いた。 本当に心臓に悪い。クリフトは読みかけの本をテーブルの上に置いた。もう続きを読む気にはなれなかった。 「クリフトはやっぱり、アリーナだけはすぐ分かるのね」 自分たちの借りている宿の部屋に戻ったエッダは帽子やマントを外して寛ぐ準備をしているアリーナへ声を掛けた。それを耳にしてアリーナは笑う。 「なあに、それ。もしかして~……ヤキモチ?」 「え!?」 エッダはブーツだけ脱ぐと、顔を隠すようにしてベッドにそのまま突っ伏した。アリーナはそのエッダの頭元に回ってしゃがみ込む。エッダの豊かな巻き毛を一筋軽く引っ張り、アリーナは言った。 「図星?」 「……違う、と、思うけど……どうだろう」 そのままうつ伏せているエッダの頭を軽くぽん、と掌でさすると、アリーナは立ち上がった。 「あんなにクリフト慌てさせたエッダの方が、勝ち、じゃない?」 「……どういう意味?」 「べっつに~」 そのままアリーナはテーブルの上にある水差しからコップに水を注ぎ、一気にそれを飲み干した。ちょっと面白くない。でもあんなに慌てたクリフトは見物でもあった。今度はマーニャも誘ってモシャスクイズを仕掛けてみようかな、と考えを巡らすアリーナだった。 |
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