「約束」その1

 父が今の俺の年齢頃に、戦争は始まったのだという。
きっかけは父にも、近所の大人達にも良く分からなかったらしい。
ただ、宗教的な問題が故郷のズンネと敵国マルスとの間に発生したらしい。
以前から、この両国の国境付近は領土を巡る政治上の小競り合いが続いていたというから。
それも影響しているのだろう。

 とはいえ、俺は生まれた頃から戦争とは無関係に生きていた。
実家は裕福な商家であったので、徴兵免除に必要な税金は払っていた。
街全体も比較的豊かな家庭が集まっていたので、
脱走兵達に襲撃されないように名のある傭兵を数多く雇っていた。
だから戦争は異世界の出来事であり、
俺達は何も不自由のない生活を送ることは出来た。

 成長するにつれて、女遊びもするようになった。
仲間とつるんでキャバレーに行ったり、酒場で可愛い女の子達と踊る。
好きなだけビールを飲んで、昼は商売教育。
それなりに、充足した生活だったと思う。少なくとも今よりは。

 恋人も出来た。サラ、という名のプリュート出身の少女だった。
父は外交官だというが、彼女自身は女優を志望していて
キャバレーで最も人気の歌姫だった。
気の強い美人で、明るい口調で歌いながら人生を愉しんでいる。
知られたくない俺の暗部には触れずに、
表面上だけでも互いに楽しくあろうと努めていた。
自分の悩みなど、決して見せなかった。

 普通の女の子とは違って、
男友達と付き合うように過ごせたからだろうか。
あっという間に夢中になり、男女の契りを交わした。
間もなく、彼女は妊娠した。
他の男達とも同じことをしていたので、
誰が父親かは分からなかった。
けれど、決心出来た。
俺と彼女は婚約した。
両親・親戚の反対を押し切って。

 頭を冷やして来い、と父に罵声を浴びせられて。
俺は戦場送りとなった。
それでもお金様の力のお陰か、
遠くから鉄砲を撃てば良いだけで殺しあうという立場にはならなかった。

 悲しかった。
人を殺すことが、ではない。
そんなことはどうでも良い。
兵卒達が、誰々が死んだと悼んでいる姿は見たことがあるけれど、
それは人事だった。
俺が悲しかったのは、
最愛のサラから離れて過ごさなければならないこと。
俺の中の喜びはサラから沸き起こるもので、
彼女といることが一番幸せな時間だった。
けれど、戦場に彼女はいない。
その間に、他の男と結婚しないだろうかと不安が押し寄せる。
俺のことは忘れないか。生活に不自由はないか。
それが気がかりで仕様がなかった。
だから、定期的に手紙を送っていた。
返事も、時折返ってきていた。
それが、唯一の幸せだった。



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