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「箱ティッシュとー、キッチンペーパーとー、三角コーナーは買ったでしょー……あとなんだっけ」
 独り言を呟きながら真宵は昼間の商店街を歩く。太陽は高く上り、これから一日のうち最も気温が上がる時刻へと近づき始めていた。何よりも彼女は晴れていることが嬉しく、ふと空を見上げた時に店舗が立ち並ぶ隙間から澄んだ青い色が見えることに心を弾ませた。
「お買い物日和だなあ……それ以上にお散歩日和か」
 再び呟くと、自分の言葉にうん、と頷きくるりと方向を変えた。
(こういう日は寄り道しないと損だよね!)
 右手に提げたドラッグストアのビニール袋ががさりと音を立てる。その音を合図に、真宵の足は商店街を逸れた道へと向かい出す。成歩堂は仕事で朝から事務所を留守にしていた。夕方には戻ると言って慌しく出て行く背中を見送った後、真宵は一通りの掃除を終わらせて日用品の買い物に外へと出てきていた。
「もー、なるほどくんったらすぐに買い物溜めるんだもん」
 物に執着がないのか何なのか、成歩堂は使い切ってしまったものもそのままにしてしまい、いざ使おうとしたときに足りないことに気付くのである。その度に真宵は少し怒り、成歩堂も反省するのだが、一向に改善される気配はない。おかげで一回の買い物の量が増えてしまい、真宵にとっては若干迷惑な話なのである。
「あたしがいないと何にも出来ないんだから」
 真宵は思い立ってから商店街の裏道を歩き、小さな公園までやって来ていた。時間帯のせいかあまり人はおらず、小さな子を連れた親たちが2組ほどいるだけだった。そんな親子を眺めながら、真宵はブランコに腰を下ろしていた。
「すぐに机の上は汚くするし、書類の整理もちゃんとしないし……」
 まるでなるほどくんのお母さんみたいだ、と思う。
(お姉ちゃんもなるほどくんに対して同じこと思ってたのかなあ……)
 きっと今成歩堂の身の回りの世話が出来ているのは千尋のおかげなのだろう、と空を見上げて思う。自分自身、母親がいなくなってから千尋に世話をしてもらい、その背中を見て育ってきた。迷惑をかけたくなくて一緒に家事を覚えた。
「それが今役立つとはなあ」

 千尋と過ごした真宵。千尋の下で働いていた成歩堂。今一緒に過ごす真宵と成歩堂。

(……なんか、不思議)
 そう思って顔を上げると、だんだんと日が沈んでいることに気付く。
「あ、まずい」
 予想以上に長居をしてしまっていたらしい。昼間は暖かかった気温も、時間の経過によってだんだんと下がってきているのがよく分かった。
「しまったー……薄着で来ちゃったよ」
 これ以上寒くならないうちに帰らなくちゃ、と真宵はブランコから立ち上がり急いで元の道を引き返す。真宵が去った後のブランコはしばらく主がいないまま揺れて、やがてその動きを止めた。

 案の定、気温はぐんぐんと下がってきていた。急いで残っていた買い物を済ませ、事務所へと向かう足を速める。
「うー、寒……!」
 暖かさに浮かれてコートも着ないで出てきたことが仇となり、強くなり始めた風に体の芯まで冷やされているようだった。ただでさえ薄い装束が、この時ばかりは少し憎らしくなる。その内我慢できなくなり、両腕で体を抱え込むようにして体温を逃がすまいと縮こまる。
「失敗したなあ……」
詰めが甘い、と真宵は思う。これじゃあお姉ちゃんみたいになれるのはいつの日になるのだろう、と溜息をついた。

 その時。
 ふわり、と急に体が温かくなった。
「え?」
 その急激な変化に戸惑って立ち止まると、真宵の横に並ぶ人物がいた。
「どうしてこんな時間にそんな薄着で外にいるんだよ……キミは」
「なるほどくん……?」
 よく見ると、成歩堂が着ていたコートが肩にかかっている。これが暖かさの正体だったようで、真宵の体にどんどんと体温が戻ってくる。
「お仕事は?」
「終わったよ。今から帰るところ」
 隣を歩く成歩堂の真宵を見る視線が呆れている。よいしょ、と成歩堂がかけてくれたコートに腕を通す。当たり前だがサイズが合っておらず、袖からは指先しか出ていない。
「なるほどくん、寒くないの?」
「別に寒くないし、そんな格好で歩き回って風邪でも引かれた方が困るから」
「うう……じゃあ買い物はもっとこまめに行くようにしてよね!」
「う、それは……ごめん」
 困ったような成歩堂の表情に真宵は吹き出し、つられて成歩堂も笑った。

 空は、既にその色を橙色へと変えている途中だった。
「じゃ、僕は先に行くよ」
 しばらく並んで歩いていると、成歩堂が唐突にそう切り出してきた。
「え? 何で?」
「何でもいいだろ。真宵ちゃんにコート貸したから冷えてきちゃったんだよ」
 真宵が申し訳なさそうな表情で何も言い返せずにいると、成歩堂はふっと表情を和らげ 半歩下がると、ぽんっ、と真宵の頭に後ろから手を置いた。
「冗談だよ、気にしなくていいからゆっくり帰っておいで」
 そう言い残すと、成歩堂は大きな歩幅でずんずんと歩き出す。真宵の足では追いつけないスピードで、その姿が小さくなり、やがて見えなくなる。いきなりのことに真宵は立ち止まってしまっていた。
「……な、なんで……?」
 掌が袖から出きっていない右手で頭を抑える。数秒前、成歩堂が手を置いた場所がまだ温かい。何で置いていかれたのか、だとか何で頭を撫でられたのだろう、だとか、様々なことが頭を駆け巡って足が動かない。そんな真宵にも分かることは成歩堂のコートのあたたかさ、だった。動かずにいても体は冷えることがない。
(……もしかして)
 彼がいないと何も出来ないのはあたしの方なんじゃないかと、自分の顔が赤くなっていることにも気付かずにしばらく立ち尽くしていた。

 ようやくたどり着いた事務所の扉を開けると、十分に暖まった部屋と、マグカップから湯気を立てるココアが真宵を出迎えてくれた。
「おかえり」
「うん、ただいま!」
 笑顔で迎える成歩堂に、真宵も満面の笑みを返して部屋の中へと駆けて行った。

(なるほどくんがくれる笑顔の分だけ、私も笑顔をあげられますように)



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