イングリッシュパブ


「久しぶりに、野郎4人で飲み明かそうや!」

そう言って召集を掛けたのは、珍しい客人だった。 脱色した金の長髪を高く結い上げ、細かい三編みにした西訛りの伊達男。極秘任務に駆り出され、行方を眩ませて久しい男の来訪に、彼を知る薔薇の華達は驚きで目を丸くした。特に、強制召集と言う名の拉致を受けた少女の驚きと言ったら、ただ事ではない。

「てゆーか、奈々は女の子なんですけどっ!」
「自分と違うわ、坊に替わりぃ。ほら坊、行くで!」
「奈々の意見は丸無視!?」

かくして乗せられたジープの中では、昔から彼に振り回されたが故に呆れ顔の隼人、書類との睨めっこより万倍愉しいと上機嫌の悠、身体の内外で板挟みに成り目を回すナナキ、そして彼等を拉致、もとい召集した鷹人が顔を合わせる事となった。



暫く車を走らせて、連れて来られたのは懐かしい雰囲気漂うイングリシュパブだった。
煤汚れた浅黒い煉瓦のタイル、ビール樽のテーブル、間接証明だけの店内は薄暗くて、黒い大盤のレコードが、掠れたフォークソングを奏でる。気怠い店内は、けれど喧騒に包まれて、耳元で話さなければ会話も危うい。
誰が何をしようが、話そうが、気に止めるような輩は居ない。常ならば人目に付くのを避けたい身空の四人だか、その排他的で寛容な空気に、あっという間に飲まれていった。

「よっしゃ、先ずはビールで乾杯な!」

両手に持たれた四本の瓶は黒ビールのボトル。どうやったのか、親指だけで栓を抜くと、泡を吹くそれをそれぞれに振り分けた。


「あ、こら!お前等、未成年だろ!?」
「何で?駄目?」
「固い奴だな、隼人は。誰も気にしちゃいまいよ。」

喜々としてビールを手にした二人に、隼人が待ったを掛ける。
普段は年齢不詳だったり任務で水商売してたりする二人だが、その実彼等はまだ未成年なのだ。私用で飲酒は頂けない。と、思うのだが、それを二人が聞き入れる訳も無いのは日を見るより明らかだ。ぶーぶーと不平を漏らす二人に隼人は盛大に溜息を吐いた。

「鷹人も堂々と勧めるなよな!」
「え、何や問題有ったか?」
「お前も…」

もう、何を言っても無駄だろう。観念して、ボトルを打ち鳴らした。カン、カコン。中身の入ったボトルはくぐもった鈍い音を奏でる。
と、良いタイミングでやって来るのが招かれざる客だ。
案内役のウェイターに拳銃を押し付けて入って来たのは、一個小隊編成出来そうな人数の男達。揃いも揃ってゴロツキ然とした風貌で、ご丁寧に拳銃を振り回して店内を威嚇している。
慌てて逃げようとした客が、酒の瓶をいくつか引っ掛け、ガシャンと大きな音がする。その音に反応した男が客に向かって発砲する。どぎついアルコールと血生臭い匂いが店内に充満した。
心地良い喧騒は悲鳴と銃声で掻き乱され、乾杯の雰囲気は萎えてしまっていた。

「やんなっちゃうねぇ、この空気の読まなさ加減。」

それは誰もが思った事だろう。
逃げ惑う客達を尻目に、まるで人事の様に悠長と酒を煽るテーブルが一つ。騒然とした店内で、それは不自然に目立ち、だから男達に目を付けられたのは仕方ない事かも知れない。

「おい、てめーら!」

男の一人が、顔を歪めて怒鳴る。
四人がそれに振り返り、注目を集めた男は気を良くして更に続けた。

「ここは俺達、黒龍組が乗っ取ったぜぇ?部外者は出て行きなぁ!」

さもなくば痛い目見るぜぇ、と拳銃を見せ付けながら舌舐めずりする。そうすれば相手が恐れ戦くと思っている男は、四人が無感情にそれを眺めるのを、恐怖で声も出ないのだと意図的に勘違いしていた。けれどそれを真実だと信じて疑わない男は、ヒャハァと下品な笑い方をして四人に近付く。

「それとも俺達の相手してくかぁ?」

無骨な腕が伸ばされた先に居たのは悠。
この場合の相手とは、勿論喧嘩だのお喋りなどの相手な訳は無く、下世話な話に他ならない。明ら様に嫌悪を表した悠だが、敢えて身じろぎ一つしなかった。けれど、その腕は銀の髪一房にも触れる事無く、その寸前で止まる。何の事は無い、隼人が腕を掴んだのだ。

「な、何しやがる!?」
「汚い手でコイツに触れんじゃねーよ。」

怒気を隠さない隼人の視線に、男がたじろいだ。一歩、足が下がったのを見逃さなかった鷹人がクツクツと笑う。

「阿呆やねぇ、隼人ん前で銀の旦那に手ぇ出すんは自殺行為やで。」
「だよなー、てか、何で俺目の前にして大佐に行くん…ふがっ」
「坊は黙っとき?面倒やさかい。」
「ふぐぐ、ふが!」

場違いな文句を垂れるナナキの口を塞ぎ、さぁ、どないする、と悠を見る。その視線を受けて、悠は深く息を吐いた。

「どうするも何も、こんな小物連中、相手にするだけ時間の無駄だ。」

黒龍組なんて聞いた事もない。しれっと言い放った。
その言葉を、聞き取ったらしい男が喚いた。

「この野郎、優しくしてりゃあいい気に成りやがって!」

憤慨して発砲する。
至近距離からの発砲だったが、相手は悠だ。銃口と指の動きさえ見ていれば避けるのは容易い。事実、悠は最小限の動きで銃弾を回避し、標的を通り過ごしたそれは背後に在ったスロットマシンに命中し、じゃらじゃらとコインが溢れ出てきた。
勿論、1ミリも掠っていない悠だが、さも撃たれたと言わんばかりの顔で睨み返し、声高に宣言する。

「前言撤回。コイツ等全員潰せ!」

主人の号令に、三人の下僕は喜々として応えた。同時に聞き咎めたゴロツキ連中も応える。
四人を取り囲む様に襲い掛かる男達を相手に、一番手を名乗り出たのは、他でも無い鷹人だった。一蹴りで最前へ踊り出ると、乗っかったグラスやツマミの皿ごとビール樽を蹴り飛ばし、それを目暗ましに使って敵の懐に入る。そうなれば鷹人の独壇場と言っても過言じゃ無い。ある者は顎に拳を受け吹き飛び、ある者は鳩尾に肘鉄を喰らい崩れ落ち、またある者は蹴り飛ばされたりした。正しく男達がバッタバッタと倒れて行くのである。
辛うじてその攻撃から免れて進み出た男が、本陣に殴り掛かろうとして、けれどスコンと眉間に何か命中し、そのまま後ろに倒れた。

「お見事。」

何かが飛んで来た方向、左斜め後方を振り返り悠は讃える。ふふんとその先で笑うのは、両手いっぱいにダーツの矢を挟み持ったナナキだ。

「投擲は何も、奈々だけの十八番じゃねーぜ。」

半ば拉致られる様に連れて来られたナナキもとい奈々は、当然荷造りの余裕も無く、得意の銃火器を持ち合わせていない。実を言えば「危険なパイナップル」をいくつか懐に忍ばせてはいるのだが、こんな狭い場所ではリスクの方が高い。かと言って、体力馬鹿のナナキとて鷹人の独壇場についていくには適わず、何か無いかと探したらば壁に設けられたダーツを見付けたのだ。
醜い呻きと共に倒れていく男達と、スコン、ドスンと矢が刺さり倒れていく男達を一瞥し、ああそうだ、と思い出した様に悠は傍らの隼人を見上げた。

「お前は飛び出すなよ?」
「何で?」
「一方的で無駄な喧嘩だ。鉛が勿体ない。」

言われて、懐に手を伸ばしていた隼人は、成る程とその手を戻した。

「まぁ、確かに俺の出番は無さそうだなぁ。」

ほとんど鷹人がのしてしまっているし、ナナキのせいでお零れすら無い。腕を組み足を組み、もはや動く気すらない悠の隣で、ポケットに手を突っ込み、自分も見物に転じる。

ものの数分で勝敗が決したのは言うまでもないだろう。
ビール樽が転がり、割れたグラスやボトルの硝子が散乱し、目茶苦茶なフロアには愚かな男どもの屍の山。もはや客の姿は無く、立っているのは四人だけ。
破損した蓄音機が音の外れたかつてのヒットソングを奏で、スロットマシンが吐き出したコインの山が、チャリチャリと崩れる。落ち着きを取り戻した店内で、カランと氷が鳴った。

「ホントにトラブル吸引体質ね、あんた達。」
「つ、月穂さん!?」

恐らくカウンター内に隠れていたのだろう、先程までは姿を見掛けなかった人物の登場に、先ずは驚き、次いで呆れた。

「君こそ相変わらずだな。居たのなら手伝いたまえよ。」
「嫌よ、面倒臭い。だいたい、必要無かったじゃない。」
「まぁ、それはそうだがな。」

悠は苦笑し、フロアを見渡して溜息を吐いた。

「さて、どーしたものかな?」
「放っとけば?その内、衛兵が来るだろ。」
「つーか、ビール一本じゃあ飲み足りへんなぁ…」
「じゃあ、別の店行くか。」
「勿論大佐の奢りよね?」
「何もしてない君が言うか?」
「あら、その言葉、そっくり返すわよ?」

談笑しつつパブを後にする四人と一人。
騒動はエンドレス。



[end]



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