「……あいつの、どこがいいの」
「どこって……そんな、一言では言えないですけど」
目つきは悪いし、態度はでかいし、好き嫌いも激しいし――指折り数えるそれが、欠点をあげつらっているのでないことは、彼女の表情を見ればすぐに分かった。
ここまで幸福な笑顔を見たのはいつ以来か。
身体の奥底に澱む苦い想いを、暖かい感情が薄く、優しく包んでいく。
「――でも、優しいんですよ?」
小首をかしげて。
大きな瞳、長い睫毛。同性の目から見ても愛らしい。
あの男にしては甘い趣味だ。
否、あの男は、本当はそういう男なのだ。だから、私は応えられなかった。
素直に甘えられる彼女が、少しだけ羨ましい。


「――知ってる」
頼ってくれと言われた時に、頼れなかった。寄りかかってしまえば、二度と自分の足で立ち上がることが出来ないだろうと、蕩ける様な誘惑を前に確信していた。
だから、逃げた。
「……知ってるよ」
噛みしめるように。
「知ってる」
後悔を、悟られないように。
「――だから、苦手なの」
厭らしい嫉妬だと思われないように。


「私には、付き合いにくい同僚だわ」
「そうですか」
「そうよ」
だから、あなたがあいつを幸せにしてあげて。
私には出来ないから。
出来そうもない。
今更、出来るわけもない。
「彼の人生の中で、今が一番幸せだと思える日々を、一日でも長く一緒に過ごせたらいいなって思います……」
「そうね。……お幸せに」
嫌味に、聞こえただろうか。
傷つけるつもりなど、毛頭無いのだ。彼も、彼女も。私の本心が棘を抱かないように言葉を選べたらいいのに。


二人の間を夜風がそっと通り抜けた。
長い髪を揺らしていく。
あいつの好きだった、長い髪。
あいつが好きな、長い髪。
肩までの長さだったのが、ここまでになる程、長い時間が経っていたのだ。
彼女の、イマドキの茶髪。
少しも痛んでいない、綺麗な長い髪。


髪でも切ろうか――
そう、思った。




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今回の拍手ssは長編のあるキャラのプチエピソード。
詳しくは本編にていずれ^^;

2007.09.09




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