いっつもありがとうございます!
■ 雪のない空 ■



「はぁ、寒っ」

灰色の雪が降りそうなのに何も落ちてこん空を見上げて、ふかふかのファーの付いた手袋に収まっている両手をこれまたふかふかのマフラーで半分埋まっている口の前に持っていった。
「はぁ~~」
手袋に入ってるんやからそんなに冷たくもない両手に、それでもお約束やと白い息を吹き掛ける。
すると白い水蒸気のような息は手袋に跳ね返されて、あたしの頬に帰って来た。
「うわっ、余計寒なったわ」
一瞬だけ温かい息で湿った頬は、これまた瞬時に急速冷凍されたみたいに冷たさを取り戻す。
あたしのやった行為は思惑とは間逆の結果をもたらしたいうことや。
「一つお利口さんになったわ」
完全装備んときに、お手てはぁ~はやったらあかん。
うん。よし。もう、やらへん。
そう心で誓って、再び灰色の雲の立ち込めている空を見上げた。

約束の時間から、もうすでに1時間は経過している。
平次との約束に時間を気にしたらあかんいうんは分かってるんやけど、それでもこんな寒い日はやっぱ早う来て欲しいやん。
「寒い、寒い、アホ平次!」
足元かてふかふかファーの温っかブーツやけど、それやってじっとしとったら足元からジンジン寒さが上ってくるんやで。
仕方ないからその場で足踏みしたり、ぴょんぴょん跳ねてみる。
もちろん口からは平次の悪口を発しながら。

「 えっほっ、えっほっ、アホ平次。
  早来い、早来い、ボケ平次。
  寒いぞ、寒いぞ、色黒平次。
  うんしょ、うんしょ、服部平次。
  やれ来い、それ来い、遅刻魔平次。
  ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっぺ~じ。 」

もう余りの寒さに自分でも何言うてるんか分からへん。
それでも少し体を動かして温うなったから、今度は息を吹き掛けへんよう気を付けて手を口元に持っていった。
すると周りからクスクス笑う声がする。
「ん?」
気になって回りをそっと見回したら、数人の人があたしの方を見て笑うてた。
かぁぁぁぁ~~~////////!
って一瞬で顔から耳まで赤うなるんが自分でも分かった。
「は・・恥ずかしい・・・」
寒くて寒くて周りの状況をすっかり忘れてしもてた。
そうやここは天下の公道、京橋駅前やった。
ああ、穴があったら入りたい!
そやけど穴なんそうそう都合ようあるもんやないから、取り合えずその場にしゃがみ込むことで代用しよ。

恥ずかしい~~
恥ずかしい~~
恥ずかしい~~~~~~!アホ平次!!

そうや!あれもこれも全部ボケ平次のせいや!
平次が悪い!
ぜ~んぶ悪いんはへ~じや!

呪ってやる。
あたしを待たせた挙句に、こ~んな恥ずかしい目ぇにまで合わせよってからに。
おのれ~平次の分際で~~。
この和葉さまが末代までも呪ってくれてやる!
「エロイムエッサイムエロイムエッサイムえっさっさ・・・・・・呪文忘れた・・・」
え~いこの際は呪文省略して怨念で。
「うらめしや~~!うらめしや~~!うらめし~~!う~ら~め~し~~!めし~~!めしや~~~!」

ぐうぅぅぅ~~~!!

タイミングよ~鳴ったんはあたしのお腹や。
ああ・・・もうここまできたら、恥ずかしいよりなんか虚しいなってきた。
「寒いよ~。お腹空いたよ~。寂しいよ~。」
周りから聞こえるクスクス笑いは、さっきよりも露骨な気ぃする。
やけどもうそんなんどうでもええ。
「へ~じぃ~」

「なんや」

「へ?」
呟くくらい小さく呼んだあたしの声に、驚くくらいに近くから返事が返って来た。
ブーツの先を睨んどった視線を慌ててその声がする方に向けると、笑いを必死に堪えた顔の平次が居った。
「平次!!」
「やから、何や?」
「へ~・・わぅ!!」
目の前に居る平次にしがみ付こうとして手と気持ちだけは前に行ったんやけど、冷たさと痺れで固まってしもてた足は一緒に動いてくれへんかった。
前のめりになった体を支えることも出来へんで、あたしはそのまま”コケル!”ってとっさに目ぇを瞑るのが精一杯。
やけど期待・・・ちゃうちゃう・・・覚悟しとった痛い瞬間は来うへん。
あれ?って思うて目ぇをそうっと開けたら、もう超ど近距離に平次の顔。
これまた慌てて離れようとしたんやけど、
「ちょう落着け」
言う平次の声であたしは動くのを止め顔を上げた。
両手であたしの両腕を掴んで支えてくれている平次の表情は、どこまでも優しくて、やからあたしの強張ってた顔の筋肉も少しだけ揺るむ。
「ゆっくり立てや」
「うん」
平次の手に力が入ってあたしの体を支えたままそっと立ち上がる。
あたしも引っ張られるように立ち上がる。
あたしが完全に立ち上がったのを確認してから、平次はそっとあたしから手を離した。
「何やっとんねん、オマエは」
「平次待ってたんやん」
今までの自分の行動が恥ずかしいのと平次のどこかいつもと違う優しい声音に、さっきまでの勢いは削がれて小っさい声で言い返す。
やけどやっぱり恥ずかしゅうて、
「それより平次はいつから居ったん?来たんならさっさと声掛けてくれてもええやんか!」
といつもん調子で付け加えてしもた。
そしたらなんと、思ってへん答えが返ってきてしもた。
「オマエがけったいな踊りをしとったあたりやな」
「けったいな踊り?」
「何や、ぴょんぴょん跳ねとったやろ」
「なっ、なっ・・・!」
なんやて~~~!!
「やっやったら、何ですぐに声掛けてくれへんかったん!」
そうや!平次がさっさとあたしん側に来てくれとったら、あんなに恥ずかしい目ぇに合んですんだやんか。
「一人で楽しそうやったし、邪魔したあかん思うてやな」
「ううう~~~」
あたしがあんなにこっぱずかしい思いをしたいうんに、平次はくくくって笑うとるし。
絶対わざとあたしんこと、放置しとったんや。
「すまんて。そんな目ぇして睨むなや」
上目使いでジト~~って平次のことを睨みあげてやる。
当然やん。やってあたしんこと笑いモンにしたんやから。
「平次が悪いんや・・・」
そうやそうや、やっぱ平次が全部悪いんやんか。
「やから、すまんて。美味い飯奢ったるから、拗ねんなや」
「フランス料理のフルコース」
「あほ。大阪で美味い飯言うたら、お好み焼きやろが」
「けち・・・」
「そんなん言うんやったら、自腹切らすで」
「・・・・・・・・・豚玉のトッピングフルコース」
「ええけど、太るで」
「ええもん」
あたしの拗ねたような返事にも、平次は笑ったままや。
何で機嫌がええんか知らんけど、ほんまにずっと優しい顔して笑うてる。

さっきまで、あたし平次のこと呪うてたんやけどなぁ・・・

ほんのちょっとの間に、そんな気持ちは微塵も残らずどっか行ってしもた。

悔しいなぁ・・・

やっぱあたしは平次には勝てへんのやなぁ。
って物思いに耽ってたから、行動が一瞬遅れてしもた。
「早来んと置いて行くで」
平次はすでに数歩先まで歩いてて、振り返らずにそういうと不意に左手をあたしの方へ少し出した。

もうええわ。
やって、あたしは平次がええんやもん。

「もう、ちょっとくらい待ってくれてもええやん」
って口では言いながら、満面の笑顔で平次の手を握り返した。

さっきまであたしのことをクスクス笑うてた人らは、気付けば羨望の眼差しであたしのことを見てる。
これも平次のせい。
あたしの世界は平次一人が加わるだけで、まったく違うモノに変貌する。
もう平次マジックやで。
怪盗KIDも真っ青や。


見上げた空は相変わらず灰色の曇り空やけど、不思議なことにそれさえどこか温かく感じられる。


雪も降らない寒い空。


やけど、繋いだ平次の手はどこまでもあったかやった。





はい。「雪のない空」でした。
私にしては珍しく何も捻りがないタイトル。(笑)
しかもここまで読んで下さった方にはお分かりの通り、切なめのタイトルなのに内容はどちらかというとほのぼの?
なんかね、寒そうな空を見ててふと思い付いた話なんです。
もう春が来てるのに寒さ寒しい小噺(しかも発掘物件w)
いつも私の平和を読んでくださる皆様に感謝を込めて♪
by phantom



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