ゴミ山で探し物

 黒々とした大きな山は、悲喜こもごもの囁き声であふれていた。
〈マダワシハ現役ジャゾ〉〈ヤット自由ニナレタ〉〈サイキンノ若イモンハ……〉
 足元に転がるのはタイヤに角材、割れた額縁に回転イス。懐中電灯を山の斜面に向けてやれば、布団にベビーカー冷蔵庫にテレビに机と、とにかく何でもありだった。
 山は総じて山だけれど、実はこの山、ゴミでできた山なのだ。
 ぼくは軽トラックにもたれて、腕で自分を抱くようにした。
 気分の悪い、闇の気配。
 ゴミ山から聞こえる声の主――それは『トトロ』の「まっ黒クロスケ」によく似ているので、ぼくは「クロスケ」と呼んでいた――が足元にぞろぞろと這い寄ってくる。すかさずぼくは、しっしと足で追い払う。こいつらは妖怪の一種なのだ。まったく、だからこんな夜遅くに、ここへは来たくなかったのに。
 深夜のゴミ山で探し物なんて、安穏とやっていられるものではない。
 もしこれがいつもの「アルバイト」なら――不要品を回収して修理して、個人向けのリース商品にするのが、ぼくの実家の稼業なのだ――やる気も出さないではないが、本日の来訪目的を思えば、やる気も減退、出てくるのはため息ばかりだった。
 ぼくはゴミ山に目を向ける。五合目辺りを歩いていて、ときどき立ち止まっては懐中電灯をあちこちに向けて「こっちか、あっちか」と尋ねているのは、ぼくの親父だ。
 親父の執念深さには参ってしまう。これでは帰宅はいつになることやら。答える側は闇に紛れて見えないが、おそらくお馴染みの「クロスケ」又は「もったいないお化け」――この山の住人だろう。妖怪なんかに平気で手伝わせてしまうのが、あの男なのだ。
 そうしてため息を吐いていると、いきなり後ろから声がして、驚いた。

『おやおや、誰かと思えば古物商ではないかえ。こんな時間に珍しいのう。忘れ物か?』
 振り向けば軽トラの荷台に黒猫が一匹、いつのまにか鎮座していた。このゴミ山を根城にしている、ネネコさまだ。ぼくは一瞬顔を引きつらせ、すぐさま恭しく頭を下げた。
「いいえ! あの、どうも騒がしくしてすいません。今夜はちょっと、急用でして」
『ほほう。だがこんな遅くに、ここへ来るのは感心せんのう』ネネコさまは山の中、懐中電灯の動く方へ目を向けながら、おどろおどろしくのたまった。『ここの奴らは人間が嫌いぢゃからのう。捨てられた恨みがあるゆえ、ぬしらにも牙を剥くやもしれぬぞ』
「ええ、まあ、それはもちろん、十分に、承知しているんですけども……」
 ネネコさまは猫又だ。長生きしすぎて妖力を持つに至ったという噂の、猫の長老。
 彼女はもともと流れ者らしいのだが、ご長寿の特権か、いろいろな妖怪や神さまに顔が利くし、役に立つ知恵もたくさん持っている。その彼女のご忠告を無視すれば、ろくでもないことが起こるのは経験上分かっているので、ぼくは思わず天を仰いだ。
 夜空に浮かぶのは、鋭利な爪で引っ掻いてできた傷のような三日月。ぼくもネネコさまには心から同感なだけに、困ってしまった。しどろもどろと言い訳をする。
「その、探しているのが、間違って捨てられたうちの物なので、放っておけなくて」
『ほう。なるほど、それは厄介ぢゃの。しかしそれでも、一夜明けるのを待ってからでも良いのではないかえ? まさかここへ、わざわざモノを漁りに来る奇人が、ぬしら以外にいるとは思えんがのう。……そんなにそれは、大事な物なのかえ?』 
 突っ込まれて、ぼくは横目で親父を見た。ゴミ山の一角で蠢く人影は、まさしく奇人。
「まあ、そうですね。妖刀とか幽霊絵とか。古物商には、大事な商品でしょうから」
 親父の扱う商品は、ほとんどがいわく付きの品だ。彼女はそれを知っているので、ことの重大さは伝わったらしい。彼女は尻尾をぴんと立てて、じっとぼくを見つめて言った。
『……ほお? それは難儀なことぢゃのう。しかしまた、なにゆえそんな大事な物がここに捨てられることになったのぢゃ。本来ならば、店の棚に飾られている物であろ?』
 さすが長老。突っ込みが鋭い。僕は隠すのをあっさりあきらめて、事実を話すことにした。理由は至極、単純なことなのだ。
「ええまあ、そうなんですけど、そうでないと言うか。……いえね、母と父との間で意見の相違がありまして、実はうち、古物商だけではなく電気製品のリースもしているんですけど、そっちの方が儲けが良いというか、古物が全く売れていないというか。……それでまあ、いっそリース一本でやって行こうじゃないのよ、なんて母親が言い出しまして」
『ほほう。要するに、夫婦ゲンカぢゃの』
 ネネコさまは興味なさげにあっさりと言う。ぼくは思わず、脱力してしまった。
「……夫婦ゲンカって……そんな簡単にまとめないでくださいよ……」
 確かに、母親が商品を全部捨てるという暴挙に出たのは、怒りからのものだから、夫婦ゲンカと言えなくもない。親父のやっている古物商は、持ち主が処分に困って持ってくるものが多いから、元手はかからないが、売り手もつかない。となると当然、商品は増えるばかり。それだから、母親の怒りは正当なものだとぼくも思う。
(なにが妖怪よ、幽霊よ、この道楽ジジイが。あんたがしているのは古物商じゃなくてただのコレクターでしょうが! 悔しかったら一つでもちゃんと売ってきなさいよ!)
 母親はいたって普通の人なので、「クロスケ」も見えなければ、ネネコさまも普通の黒猫にしか見えないのだ。だからこそあっさりと、何もかも捨てることができたのだろう。
 もしこれで商品が回収できず、親父も諦めてしまったら、きっと古物商はお終いだ。
『……人生の秋ぢゃのう。おぬしも、おぬしの親父さんもの』
 すっかり闇にとけ込んでいる黒猫が、ぼそっと呟く。ぼくは思わず顔を上げた。
「……は? ぼくの親父はともかく、なんでぼくもなんですか?」
『そりゃあ、せっかく我らの声を聞き、姿を見る能力に恵まれたのに、もし店がなくなったら、お主らに何が残ると言うのぢゃ。せっかくの恵まれた才能を、生かすことができんのは、つまらんもんぢゃ。のう、おぬしかて、本当はそう思っておるのじゃろう?』
 確かに、親父には不思議な力があって、いわく付きの品が引き起こしている(らしい)様々な障りを、治めることができる。その意味では、猫又の言葉は正しいかも知れない。
 しかしその代わりと言ってはなんだけど、商才が致命的に欠けている。だからもしリース業一本に絞ったところで、家の柱が母親のままなのは、確実なのだ。
 ぼくは妖怪・猫又をまじまじと見下ろした。そして無理に、笑ってみせた。
「……ははっ、まさか。ぼくはあんないわく付きの品、親父と違って興味ありませんから。だから、古物商の看板を下ろすことになったところで、痛くも痒くもないですよ」
『ほう。おぬしがそんなふうに思っているとは、知らなんだわい』ネネコさまは楽しげに笑って言った。『だったらなぜここに来たのぢゃ? ……まったく、ぬしの悪いところは臆病なところぢゃの。老成しすぎておるし、若者らしい快活さも足りぬ。……のう、ぬしは童らしく、父親の尻にひっついてきてはどうぢゃ。それがぬしにはお似合いぢゃわい』
「な、誰が……! だいたい、ぼくはもう十六です。昔なら元服しているお年頃ですよ」
 ついかっとなって言い返せば、猫又はチェシャ猫のような笑い声を上げた。
『ぬしは現代っ子ではなかったかえ? その調子の良さは、父親譲りのようぢゃのう』
 あの奇人に似ているなんて、冗談じゃない。ぼくのどこが似ていると言うんだ?
 何か言い返してやろうとしたら、突然そこに割り込んでくる声があった。
「おおい、渚ァ、そんなところで立ち話してないで、ちょっとは手を貸してくれい」
 親父だ。しかもなんてタイミングだ。思わず眉をひそめるぼくの前で、ネネコさまは親父に挨拶するように、親しげにニャ〜ンと鳴いてみせた。そして改めてぼくを見た。
『ほうれ、呼んでおるではないか。店の存続のためにも、手伝わぬともよいのかえ?』
 ぼくは気がつけば、両脇で握り拳を作っていた。そして青い眼だけを闇に浮かばせる化け猫を睨みつけた。なんて不気味な生き物だ。そしてなんて、嫌味な奴なんだ。
「……そうですね。確かに手伝った方がよさそうだ」
 ぼくはあっさり、挑発に乗ってしまうことにした。誰が臆病だって? ぼくの背中でネネコさまが、常人には聞こえぬ声で、水戸黄門のように高らかに笑い声を上げていた。
『やっぱりぬしは、まだ童でしかないわい。ちょっとからかえばすぐに反応しよる』
 だけどぼくは振り向かず歩調も変えず、一路親父を目指して歩いた。ぼくの欠点は確かに老成しているところだが、たかが妖怪の言葉にカッカしていては身が持たないのだ。
 ネネコさまだって、本当は怖れるに足らないのだと、ぼくは己に言い聞かせた。

 Fin.

(注:この作品は、物書き交流同盟の秋祭り出品作の改訂版です。)
By Tacni Ririko copyright (C) All rights reserved since June 2006.



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