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ご注意!青薔薇♂→虎徹です。


慣れ親しんだ真っ白な鍵盤にそっと指先をのせ、深呼吸を一つ。
ゆっくりとした速度でピアノ奏で始めると、僅かにあった緊張はどこかへ消え、自然と高揚した気持ちになっていく。
そこに歌をのせれば、純粋に楽しくて心地よくて・・・うん、声の調子も悪くない。なかなかに上々だ。
大人びた雰囲気を纏いながらも、僅かな幼さを残す少年は満足そうに笑みを浮かべながら、閉じていた瞳をそっと開いた。
週末のバーは騒がしく、特に男たちの話し声が目立っていたが、店内に歌声が響き始めた途端にそれは静けさへと 変化した。
誰もが少年の歌に耳を傾け、ある者は瞳を閉じて聞き入り、ある者は楽しそうに酒を煽る。

あぁ、この瞬間が好きだ。
自分の歌声が、誰かの元へ届いていることを実感する瞬間。

アイドルヒーロー『ブルーローズ』としてのステージもアレはアレで楽しいが、 只の歌い手のカリーナとして歌っている方が何も飾らずに、好きなように歌える。
そして、カリーナとしての自分を歌を求めている人間もたしかにいる。
形の良い口元に僅かに笑みを浮かべ、カリーナは今夜もステージ上で歌い続けた。





拍手は控えめだが、聴きいっていた聴衆の目は熱い。
見慣れた顔もいくつかいる。
男もちらほらいるが、やはり若い女が多いようだ。
うっとりとした高揚した視線が自分に注がれているのが嫌でも分かる。
浅めに一度礼をし、ステージを降りていく。
いつものように数名の女性に囲まれ適当に言葉を交わしながら、さて何時頃に帰れるだろうと何気なく店内を見渡した時だ。
自分に向けられている複数の視線たちとは別の、親しんだ相手に向ける屈託のないそれ。
ひらりと上げられた掌と、底抜けに明るい笑顔は確実に自分に向けられている。
なぜここに、という疑問がわき上がる共に、周囲の女性たちの声が途端に煩わしくてたまらなくなった。
ゴメンね、とかろうじてそれだけ伝えると、足早に彼の元へと近寄っていく。

(なんで、)

寂しがるような、媚びるような女の声が届いたが、そんなものに構っている余裕は今のカリーナにはない。
混乱ばかりが頭の中をぐるぐる回る。

(さっきはいなかっただろ、何時からいた?)

ステージ上で歌っている時には、あの席には座っていなかったはずだ。
どうせ彼のことだ、驚かすとか、年の割に子供じみた考えでどこかに身を潜めながら自分の歌を聴いていたに違いない。

(なんだよ、アンタが聴いてたならもっと)

うまく歌えていたかと言うと、自信はない。
多分彼の視線が気になって気になって、上の空な歌になっていただろう。
最近自覚した感情は少年にとっては未知なもので、どうにもうまく自分の中で処理できない。
今だって、心臓がバクバクと騒ぎ出しているのだから。

「タイガー!」

慌てたように名前を呼べば、嬉しそうに笑顔を向けられて、ドクン!と体に熱が上がる。
薄暗く灯された店内の照明の中でも、眩しく感じるぐらいだ。
しかし、それは自分だけではないらしい。
彼の隣にいる男が引き付けられたように見ている。さらに彼の付近にいたバーテンダーも他の客にカクテルを提供しながら チラチラと何度も彼を見ていた。
チッ、と心の中で苦々しく舌打ちをした後、牽制するようにそいつらに視線を送った。
高級、とまではいかないが、このバーは中級の上ランク程度には位置するだろう。
客も以前に歌っていたバーと比べるとカリーナの歌にきちんと耳を傾けるし、その間、野次や邪魔をするような者もいない。
なかなかに気に入っているが・・・そういう輩、もいることをカリーナは分かっていた。
自分のファンは女性が当然多いが、このバー内で自分に視線を送ってくる存在は男も多いのだ。
誘いをかけられたことも少なからずあるが、きっぱりと断っている。
店と同じく、客もそれなりのランクなのだろう。しつこく声をかけてくる男はいなかったし、ストレートということを強調していたら いつの間にか浸透していたらしく、誘いをかけてくる者もいなくなった。
だが、そういう輩がこの店に多いことは変わらない。
苛立ちが募っていく。この男は、良くも悪くも人の目を集める。
厄介なことに、異性も同性も関係なくだ・・・そしてこの男は微塵もそれに気づいていない。
カウンターの角席に座っていた虎徹の隣に座ると、カリーナはキッと彼を睨んだ。

「なんでアンタがここにいる!」

「な、何でって、お前がここで歌ってるってネイサンに聞いて・・・って、なんで怒ってんだよぉ」

困ったように目尻を下げ、拗ねたように唇を突きだす仕草に、お前は何歳だ!と説教してやりたくなった。
黙っていれば男前に違いない男は、こういう表情が似合うから困る。
長過ぎる足を無造作に組み、グラスに絡む指は細く長い。
店内の照明の暗さに、その整った容貌に少し影ができている。睫毛は意外に長く、琥珀色した瞳は大きく澄んでいる。
酒を飲む唇はぽってりと赤い。
年齢よりも随分若く見えるのは東洋の血ゆえなのかどうか分からないが、それでも子供のような仕草をすると さらに幼く見えてしまう。
それがとても似合ってしまうのだから、タチが悪い。

(あぁ、クソ・・・!・・・可愛いっ)

その姿をそう感じてしまう自分の感覚にも、カリーナは困っていた。

「・・・怒ってない、ただ呆れてるだけ」

「なんだよ、お前に会いにわざわざ慣れないこんな店にまで来たのに」

だからどうしてそんな可愛い顔をする。
なんでそんな構ってほしい、褒めてほしいみたいな表情をする。
そしてなぜ自分の体温はそれに比例して上がっていくのか。
かぁああ、と自らの頬に熱が上がってきてしまうのが分かって、その熱を逃がすようにカリーナは溜息を洩らした。

「・・・来てくれたのは、嬉しい、けど」

「え、ホントか?!」

もうちょっと自分を見てくる人間の視線に気づけ、とは言えずに歯切れ悪く伝えた言葉に、虎徹は途端に蕩けるように 甘い笑みを浮かべてしまった。
あぁ、なんてことだ。この店内でそんな顔をするな。
ほら、さっきよりも多くの人間がアンタのことを気にしている。
周囲に苛立ちながらも、それが自分だけに向けられているものだと思えば嬉しいには違いない。
ジンジャーエール、と虎徹に釘付けになっているバーテンダーに素っ気ななくオーダーすると、弾かれたように 若いその男はグラスに液体を注ぎ、カウンターにコトリと置いた。
一口飲むと炭酸のそれはすぐに口内から消えてなくなる。
隣の虎徹が飲んでいるものと同じ酒が飲めたなら、と思うが、残念なことにカリーナが成人するまではあと2年ある。
いくら容貌が大人びていようと、実質的な年齢は埋まらない。
子供扱いされたくはない、と何度強く願っても、年齢差はどうしようもない。
そもそも彼はカリーナよりも年上の自らの相棒ですら、子供扱いをすることすらあるのだ。

(気づいてないだろうな・・・俺の気持ちも、アイツの気持ちも)

ついでに言うと、最近虎徹を前に二人で火花をバチバチと散らしていたりするのだが、それにもまったく気づいていない。
「なんだよお前ら、なんか仲良くなったな~」と見当違いな感想を漏らしたほどである。

「それにしてもお前、やっぱり歌うまいな~。アイドルとして歌ってるのも好きだけど、なんか、雰囲気全然違うから ドキッとした」

「そ、そう?」

「あぁ、かっこよかったぞ。店内にいた女の子たちも、みんなお前に夢中だったな」

虎徹の言葉は、まるで父親が子供を褒めるような言い方だった。
それに対して多少不満はあるものの、何よりも、彼から「かっこいい」と思われたことは素直に嬉しい。
自分の顔に熱が集まってくるのが分かって、ブロンドの髪を無造作に掻きあげながら、誤魔化すようにジンジャーエールをゴクゴクと飲んだ。

「この店も悪くないな、またお前の歌、聴きに来てもいい?」

「・・・酒を飲むためじゃなくて?」

「うわ、何だよ~。お前の歌聴きながら酒飲むためって理由じゃ・・・・ダメ?」

少し首を傾け、不安げに揺れる瞳に、思わず見惚れてしまう。
意識的にやっているのではないのだから、本当に困る。
いや、自分の魅力を理解して、こんなことを連発されていたら自分の心臓は一分と持たずに止まるだろうことは簡単に予測できる。
その頬を撫でたい、キスしたい、抱きしめたい。
そういう欲求も含め、虎徹への感情は恋なのだと自覚したのはしばらく前だった。
カリーナは恋というものをしたことはない。
女性と付き合ったことはある。抱き合ったことも何度かはあるけれど、心はどこか落ち着いていた。
こんな、相手の一挙一動で感情が高ぶって、心臓が高鳴って、抱きしめたいという衝動が溢れだしてきてしまうような感覚は 初めてだ。
気づいた当初は相当混乱もしたし、その感情を否定したものだが、今では『恋』だと認めることができている。
・・・それからようやく気付く。
この感情を彼に向けるのが決して自分だけではないことに。
そして、女性だけでなく、彼が同性にもひどく好かれることに。
ニコニコと笑っている能天気な男はそのことに一ミリも気づいていないだろう。





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