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New York Cafe* 旭陽





「OLごっこ」


「正隆、コーヒー入れたけど飲む?」

由宇がマグカップ二つを手にひょこんと正隆の部屋をのぞくと、正隆はこちらに背を向けPCに向かっていた。

よほど真剣に取り組んでいるらしい。正隆は振り返りもせずに「ああ」とだけ言った。

由宇は「おじゃましまーす」と足音も静かに歩み寄ると、テーブルの端にカップを置きつつちらりとPCをのぞき見した。

「仕事?」

「ああ」

そしてなにげなく見た、久しぶりの正隆の眼鏡姿に、キてしまった。

(ううう、かっこいい……)

正隆の視力はいたって正常だが、長時間PCに向かうときにだけ眼鏡をかける。視力低下防止効果のある眼鏡らしい。

お仕事のじゃましちゃいけません。そんなの分かってる。けれど由宇は、胸の底からじわじわとわきあがるその衝動をおさえられなかった。

するりとデスクと正隆の体の間に自分の体をすべりこませ、正隆の膝の上に横向きに座ってみた。

「堤部長、コーヒー入ってますよ」

「今度はなんの真似だ?」

正隆は表情ひとつかえずに、由宇の体を囲いこむように腕を伸ばすと、文字を打つ手を再開する。非常に打ちにくそうではあるものの。

「OLごっこ」

「OLごっこ?」

「そう、堤部長と向井君」

「うちの職場に部長はいないんだが、」

「いいなー、俺も正隆とおんなじ職場だったら毎日こんなことができるのに」

由宇は正隆をさらっと無視して、しみじみ言った。

「コピーとってって言われるたびにとんでくよ? コーヒーのミルクと砂糖の量も覚えるよ。もう知ってるけど」

夢みたいな話だった。

目の前の正隆が無関心なことが余計に由宇の妄想をかきたてる。

正隆ときたら、膝の上に由宇を乗せてることなどものともせず、真剣な顔で画面を見つめている。

それが、いい。

この能面をどうやって変えてやろう。どうやってこちらを向かせよう。届けた書類なんてどうでもいいと言わせるには、どうしたらいいだろう。考えるだけで、心臓がジョギングし始めたようにはやりだす。

由宇は、正隆の首に両腕をまわし、耳元に顔寄せてみた。

ふっと嗅ぎなれた正隆の匂いが鼻腔をくすぐる。一瞬にして体の力がへにょへにょと抜けた。

そうか、だからOLは香水をつけるのかもしれない、と由宇は見当違いなことを思う。

好みの匂いというのは無条件に人を誘う。

由宇にとって正隆の匂いがそうなように、正隆の好みの香りが近づいた女性からふっと香ったら、正隆もなにか思うだろう。名前くらいは覚えるかもしれない。いや、そんなのだめだ、許せない。

いてもたってもいられなくなった由宇は、そのままぎゅうううと正隆の首にしがみついた。

そのとき、今までテンポよく鳴っていたキーを叩く音がやみ、「向井君」と正隆の硬質な声があがった。

「な、に」

なかなか聴くことのない声だった。一音一音をはっきりと発音するような、正確な響きをたたえた声。職場ではこんな声でしゃべっているのかもしれない。

慣れ親しんだはずの正隆の発するいつもと違う声色に、由宇のどきどきは爆発寸前だった。

「三分くれないか」

「え」

「いいことをしよう」

「いいこと?!」

そう、いいことだ、と眼鏡をかけた真面目な顔がこちらを見る。

「もう終わるから三分だけ待ってくれ」

「はい」

由宇は糸で引かれたマリオネットのようにすくっと立ち上がると、ひょろひょろと廊下に出た。

そしてドアをぱたんとしめたとたん、へにょへにょとその場にへたりこんだ。



ようやく静かになった部屋に小さな溜め息が落ちる。

正隆は眼鏡を外し、眉間を軽くもんだ。横目に今しがた由宇がおいたコーヒーが目にはいり、一口すする。濃さもミルクとの割合も好みそのものだった。

そうして、今にも本能の方に振れそうだった心の針を無理やり理性の方に押し戻し、仕事を再開したのだった。



10/30更新
Happy Halloween!
 
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