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お題「恋の戯言20テーマ(rewrite様)」より。全部でSS3本です。
まずは難しかった長門の一人称。


犬派・猫派・君派

【お題】犬派・猫派 「恋の戯言20テーマ(rewrite様)」より


 わたしは、情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用
ヒューマノイド・インターフェース。パーソナルネームは、長門有希。
この時間平面上での主な仕事は、涼宮ハルヒおよび彼女に最も影響を与えうる
不確定因子……“彼”の観察と報告。

 ただし観察も報告も、すべての時間のすべての行動、およびそれらによる
すべての影響についてが義務づけられているわけではない。
取捨選択においてかなりの部分が、わたしという個体の裁量に任されている。

「ねぇ、みんな。犬派? 猫派?」
「なんだよ、藪から棒に」

 パーソナルコンピューターと呼ばれる原始的な情報端末による情報収集に
熱中していた涼宮ハルヒが、突然そう発言した。
 みんな、という代名詞が指しているのはおそらく、この部屋に現在存在している、
わたし、彼、古泉一樹、朝比奈みくるの4名であると思われる。

「いいじゃない、急に気になったのよ。みくるちゃん!」
「は、はい~!」
「みくるちゃんはどっち?」
 朝比奈みくるは10秒間かけて、部屋内部の人物の顔を順に観察し、
落ち着きのない様子で返答した。
「わ、私はどちらかというと、ワンちゃんが好きです~」
 把握した。
 ワンちゃん、とはこの場合、食肉目イヌ科イヌ属に分類される哺乳類の一種、
通常は“犬”と称される地球上の生命体のこと。
 つまり涼宮ハルヒの質問「犬派? 猫派?」は、ペットとして愛玩されることの
多い“犬”と、同じく地球上の生命体・食肉目ネコ科ネコ属の哺乳類“猫”とでは
どちらをより好むか、という質問であると推測する。

「そう。有希は?」
「猫」
 どちらをより好んでいるかという感覚は私にはない。
ただ猫とは、映画の制作活動などの際に、接触する機会が多かったことから
そう返答した。涼宮ハルヒはわたしの答えに、特に根拠を求めなかったため、
この返答で不都合が生ずることはなかったようだ。

「みくるちゃんが犬派で有希が猫派ね。あたしは断然、猫派だわ!
古泉くんは?」
「そうですね。どちらもたいへん可愛らしいと思いますが……どちらかと
言えば、猫派かもしれません」
 “彼”と、日本ではオセロと呼ばれるボードゲームのプレイ中だった
古泉一樹は、彼らしく曖昧な返答をした。
 断言しないのは、涼宮ハルヒの精神が不安定な方向に流れた場合の、矯正行動の
ための準備工作と思われる。つまり前言を撤回し、涼宮ハルヒの望む返答へと
矯正できるように。

「あら、我がSOS団内では猫派が主流ね。キョンももちろん猫派でしょ?
シャミセン飼ってるんだもんね」
「ああ、もちろん猫は好きだが」
 “彼”は一度はうなずき、涼宮ハルヒの発言を肯定した。
でもそこで返答を終了せず、“彼”はさらに何かを思案するような表情をみせた。
“彼”が何を思ってその後の発言を続けたのか、解析不能。

「本当は犬派なのかもしれん」

「はぁ? なのかもって何よ」
「いや、最近なんとなくな。犬が可愛いなと思ってきたんだよ。飼い主に忠実な
ところとか、普段は控えめなのに喜ぶときは素直なところとかな」
「へぇ……そうなの」
 “彼”の答えを聞き、なぜか涼宮ハルヒの精神状態が降下傾向。
理由は不明。推測するには、おそらくデータが不足している。
これ以上の事態の悪化を阻止するため、わたしは読んでいた本を閉じた。
涼宮ハルヒが、はっとしたようにこちらを見る。

「あら、もうそんな時間? じゃあ、今日の活動はここまで! あたし急ぐから、
戸締まりたのんだわよ、キョン!」
「ああ、わかったよ」
「じゃあね、みんなっ! また明日!」
 涼宮ハルヒは、周囲に配慮しない音量をたててドアを閉め、おそらく校内の
規則に反するであろう全力疾走で廊下を遠ざかっていった。

「す、涼宮さん、なんだか機嫌悪くなかったですかぁ?」
「そうですか?」
 朝比奈みくるが発した疑問に、“彼”は首を傾げる。こういう事態を察する
能力は、“彼”はあまり高くない。
「涼宮ハルヒの精神状態は下降傾向にあった。理由は不明。だけど、きっかけは
あなたの発言」
「え、俺? なんでだよ」

「あなたの犬好き発言が原因でしょうね」
 それまで発言をしていなかった古泉一樹が、起立して言った。オセロゲームのコマを
箱に戻しながら発する言葉に、わたしも注目する。興味深い。
「俺が犬好きで、なんでハルヒが不機嫌になるんだ。わけがわからんぞ」
「あなたが好きだと言った犬の特徴を思い出してみて下さい。飼い主に忠実、
普段は控えめ、喜ぶときは素直。すべて涼宮さんとは相容れない要素ではありませんか。
彼女にもそれがわかって、なんとなくおもしろくなかったのでしょう」
「はぁ? なんだそれ」
「嗜好の問題ですので無理にとは言いませんが……もう少し発言に配慮して
いただきたかったですね。シャミセン氏を飼っているのですから、そのまま
猫好きでいいではありませんか」

 発言はおそらく彼の属する“機関”の総意として、涼宮ハルヒと“彼”との仲に
マイナスの要素を生じさせないためのもの。
 でも……古泉一樹の表情には、彼らしくない個人的な感情がうかがえる。

「可愛いじゃないですか、猫。いつもはだらっとしているのに、その気になると
活動的なところとか、ちょっかいを出すと嫌がるくせに、かまわないでいると
拗ねてこちらに手を出してくる素直じゃないところとか」
「別にいいじゃねえか、俺は最近は犬が好きなんだよ。ちょっと放置してると
しゅんとして元気なくすけど、撫でてやるとすごい喜んで嬉しそうにするところなんて、
最高に可愛いぞ?」
「猫だって、顎とか耳とか撫でるとものすごく気持ちよさそうにして、ときどき
甘噛みしたりするのがすごく可愛いですよ!」
「茶色い毛並みなんかも、ツヤツヤふわふわして触り心地がいいじゃないか!」
「少し固めの黒い毛並みのよさがわからないとは、趣味を疑いますね!」

 ……ユニーク。
彼らの発言には、意図して暗喩を使用している部分があると推測される。
わたしがそう分析していると、朝比奈みくるが接近してきた。
わたしの制服の肩の部分を指先でつかみ、泣きべそ、と呼ばれる表情をみせる。

「長門さぁ~ん。あのおふたり、お互い何について主張しあってるのか、
ちゃんと把握してるんでしょうか~」
「涼宮ハルヒの性格を猫に例えた時点で、察知できる要素はそろっているはず。
……でも、彼らが犬と猫に何を、正確には“誰”を仮託して発言しあっているのか、
承知しているかどうかは不明」
「うう……私も彼氏欲しいなぁ。もうアテられるのは嫌ですぅ……」

「うるさい! 俺は断然、犬派だっ!」
「僕は猫派です! こればかりはゆずれません!」

 涼宮ハルヒおよび、彼女の周辺勢力のほぼ大多数に隠匿して交わされる彼らの
関係性に鑑みると、この内紛はおそらくこの国の言語では、“犬も食わない”と
称される類のものと思われる。今回のこのささいな主張の行き違いについて、
統合情報思念体に報告することはやめておくのが正しい判断だろう。
 かわりに一言、彼らに個人的な感想を伝えてから、わたしは帰宅の途につこうと思う。

「……一生やっていればいい」

「な、長門?」
「長門さん?」
「長門さぁん……」

 わたしはカバンを持って部屋を退出し、ドアを閉じた。
 本日の業務、終了。


                                            END



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