拍手ありがとうございます!
現在拍手はSS1種・(キャラ)メッセージが3種です。
(※コメ返信は日記にて☆)






* たまにはカゼも *(岳日)



「あ〜……やっべぇ……」

完全に風邪だ。
そう続けた聞き苦しい鼻声は、我が物であるからこそ余計な苛立ちを促される。
三箇日明け早々、幸先悪いんだか元旦を無事過ごせただけ良かったのか微妙な気がしつつも、咳き込む喉に手をやってやっぱり最悪だと思い直した。
自室に置かれたリビングにあるものよりかは幾分か小型のテレビからは、お笑い芸人の陽気な突っ込みや若手アナウンサーの華やかな笑い声が流れている。
鼻を啜りながらそれをぼんやりと眺めて、岳人は折りたたみ式の小テーブルに置いてあったコップの中身を渇いた喉に流し込んだ。

「薬どこだっけなぁ……あーメンドくせー」

暢気にバラエティ番組なんぞ観ている場合ではないが、いつもの軽やかさのない怠い身体は普段お世話にならないせいですでにどこにあるかも分からない薬箱を探すことも億劫だ。
高熱にうなされてフラフラというわけでもなく、ただ風邪の諸症状による気怠さがあるだけなので、正直なところを言えば先程口にしたように所在不明なものを探し回ることが面倒臭いだけなのだが、それを突っ込んでくれる人も自分の代わりに薬箱を探してくれる人も向日家にはただ今不在だった。
母親は姉と共に最近はまっているイケメン俳優とやらの出ている舞台を観に上機嫌で出かけていったし(お陰で今日、向日家のDVDレコーダーは女性陣の独占である)、父親は新店舗の打ち合わせだとかで休日出勤(今年度は3店舗オープンを計画中らしい)、弟も映画を観に行くとかでクラスの連中と街へ出ている(ドラ○もんの映画、まだやってたんだな)。
鬱陶しげな溜息をひとつ零してから星柄の丸いクッションに顔を埋めてうつ伏せに寝転ぶと、目に入ったのはクリーム色のラグの上に転がしたままだった携帯電話。
お気に入りのメタリック塗装の赤色ににんまりと悪餓鬼のように笑って手に取ると、岳人はリダイヤルからお目当ての名前をクリックした。
持つべきものは友達だよな〜、と好き勝手なことを思いながら携帯から届く呼び出し音の高い音に上機嫌に耳を傾ける。

『はい、忍足です』
「あ、侑――」
『ただ今素晴らしき愛の世界に旅行中です』
「…………」
『用件あるんやったら電子音の後にてきとーに言うとってくれたらたぶん聞くわ。ほなな。ピ――ッ』
「――滅べ、伊達丸眼鏡」

俺が用があるのに留守電なんて設定してんじゃねーよ、という理不尽な怒りにも勝るこのふつふつ湧き上がる憎悪はなんだろうか。
たぶんてなんだ。たぶんて。留守電の意味がねぇじゃねーか。「愛の世界」とか抜かしたところで、どうぜホームシアターセットでラブロマ鑑賞だろうが引きこもりめ。
あまりにふざけた忍足自作の応答メッセージに、脳内では容赦ない突っ込みが繰り出される。
無性に冷めていく思考の中で電子音を聞き終えて、今まで出したことがないくらいの低い声で伝言を吹き込むと、そのままの勢いで通話を切った。
薬を買ってきてもらおうと思っていたのに、(メッセージのことはこの際置いておくとしても)どちらにしろ電話にでないのであれば、これでは電話の掛け損ではないか。
相変わらず出てくる鼻水をティッシュでかみながら、一瞬、携帯を放り出してしまおうかとも思ったが、もう一度開いたリダイヤル画面で目に付いた名前にあまり期待もせずに通話ボタンを押した。
――1回、2回。
聞こえてくるコール音に、やはり止めておいた方が良かっただろうかといつも涼しげな相手の顔を思い浮かべながら思う。
後輩ではあるが、まるっきりプライベートな時に先輩命令と傲慢に言い付けたところですんなり聞き入れるほどお人好しでもなければ、萎縮してはっきりと断ることもできない柔な奴でもない。
それは通話ボタンを押すよりも最初から分かっていたことで、ついでにそんな流されない気の強いところが気に入っていたりするのだけれど、電話に出てくれればまあ儲けもんだろうという思いで、つい、押してしまった。
咳の出る喉は何だかイガイガするし、鼻水はしつこいし、身体は怠くて苛々するし……忍足の自作メッセージは癇に障るし。
だから、あいつの生意気な声でも聞ければいいと、そんなナヨナヨしたことを思ってしまったのは風邪の症状のひとつなんだと言い聞かせて、岳人が未だ呼び出し音の響く携帯を切ろうと親指を滑らせた――途端。

『――はい』
「――ッひよ、し?」

まさか出るとは思っていなかった自分の声は、僅かに震えていた。
コール音は7回目だったし、日吉の家は正月明けは稽古始めだとかで年末年始とはまた別に忙しいのだとか漏らしていたし、何よりも家の中でまで携帯を持ち歩くような奴ではないし。

『そうですけど……向日さん、ですよね。何か用ですか?』

それでも、聞こえてきた声は確かに日吉のもので、岳人はすぐに答えを返すことができなかった。

『向日さん?』
「うおっ! あ、ああ……聞こえてるよ」
『……何か、声変じゃないですか?』
「あー…ちょっと、な」

まさか日吉相手に「薬買ってこい」などと言えるはずもなく(切られるのが落ちだ)、曖昧に答えを返すと電話口からは沈黙が返ってくる。

「日吉?」
『薬は飲みましたか?』
「え? あ、いや、まだだけど…」
「家の人はいないんですか」
「お、おう」

矢継ぎ早の質問に面食らいながら答えると、またも向こうからもたらされる沈黙。
まるで尋問みたいだなー、と暢気に思いながら声の代わりにゴソゴソと何かを漁る微かな物音の聞こえてくる携帯電話に首を傾げていると、ようやく「向日さん」と日吉の呼びかけてくる声が届いた。

『今からそっちに行きますから』

え、と聞き返す間もなく、暖かい格好をして寝ていろという指示をするだけして一方的にその電話は切られた。
呆然と手の中の携帯電話を見ながら、日吉の言葉を反芻してようやく理解すると、その予想外の内容に岳人は敷いていたクッションを放り出して飛び起きた。

「……え、マジで? 日吉、来んの?」

取り合えず、会話の展開から風邪だとバレているのは間違いないけれど、だからといって、それで家に来てくれるなんてそんな世話焼きなタイプだっただろうか。
岳人の中の日吉のイメージは、生意気で、自己責任意識が強くて、負けず嫌いで、「下剋上」ばかり言ってて……まあ、たまに可愛いところもあるけれど。
何だかんだいってダブルス組んだだけあってそれなりに交流も深いわけだしその成果だろうかと、羽織っていたパーカーのファスナーを引き上げながらしみじみ思っていると、知らぬ内に風邪に火照っていた顔は嬉しげに緩んでいた。
とにかく、まずは部屋の片付けだ。
脱ぎ散らかしたままの服を洗面所まで抱えていって脱衣籠の中に放り込んでくると、キッチンの戸棚に仕舞ってあったお菓子を引っ掴んで部屋まで持ってきた。
風邪からか高まるテンションからか、熱は上がる一方なのに、不思議と動き回る身体は軽くて。

たまには風邪も悪くないな、と岳人は浮き立つ気持ちで思った。




ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。