夏休みだというのに、学校のブランコには先客がいた。彼はぶらんこをぐんぐんとこいでいた。あたしがすぐ隣のぶらんこに腰掛けると、競争しねェか、と提案してきた。
「転校するらしいなァ、。」
「うん、まあね。」
総悟とぶらんこの競争で勝ったことなど一度もない。たいていあっさり負ける。前にどうしても勝ちたくて思いっきりこいだらぶらんこから落ちたことがあった。
今日も、総悟よりはずっと低いところであたしはふらふらしていた。どうして総悟はあんなに力強くこげるんだろう。
「何でィお前、転校とかちょっとかっこいいとか思ってんだろィ。」
「まあね。」
総悟はあたしの返答を聞いてつまらなそうに肩をすくめた。風が気持ちいい。夏の湿った夕方の空気とは思えなかった。ぶらんこはぐんぐん揺れる。立ってぶらんこに乗っている総悟はあたしよりずっと高くまであがっていた。
総悟が気づけばいいと思った。本当はあたしが寂しくてしかたないこと。転校なんて嫌だ。けれど小学生のあたしはそれなりにちっぽけなプライドというものを持っていた。その不必要なプライドがあたしを邪魔した。思っているとおりに転校したくない、となぜだかいえなかった。
「どこに引っ越すんでィ。」
「遠くないよ。あそこのマンション。」
あたしは小さく見えるマンションを指差した。
「じゃあ俺の家から近ェや。」
「そうなの?」
「あァ。」
総悟は自分の家があるところを指でしめした。あたしにはマンションを指差しているようにしか見えなかったけれど。揺れるぶらんこの上では総悟の指もあたしの視線も交差して定まらない。
「もう、会わないだろうね。」
「家近いのに?」
「だって、総悟はあたしの家にわざわざ来ないでしょ。」
「行ったことねェなァ。」
総悟は当たり前のことを言った。家が近くなるとか、そういうことはあたしたちのあいだではまったく関係ないのだ。あたしと総悟が会えるのは学校でだけだし、同じ学区内に住んでいるというのに休日にすれ違ったこともない。学校が変われば、もう会えないのだ。もう、会いたくても、会いたくなくても、会えない。
「いつ転校するんでィ。」
「あさって。」
「ふうん。」
どこかで風鈴の音がした。どこか、というのは検討がついていた。あたしたち3年1組の教室からのはずだ。みんなで図工の時間に作った風鈴。チリチリとうるさいほどに聞こえた。そのなかに、あたしの風鈴もたしかにあるのに。みんなは、総悟は、あたしを忘れていくんだろう。あたしがいなくたって、きっと、楽しくするんだろう。そしてあたしも、転校するのがいやだといいながら、嫌などとはお母さんにもお父さんにも言えないまま、言われるがままにここから越していくんだろう。
総悟はあたしの幼馴染だ。けれど、本当は違ったのかもしれない。総悟とあたしが幼馴染なら、こんなにも寂しい思いをしなくてすんだはずだ。大切な遊び友達をなくすということがこれほどつらいことだとは思わなかった。総悟とは気があったのに。だから、ずっと仲良しだったのに。総悟は、ほかの男の子や女の子の友達とはなにかが決定的に違った。たくさん話すわけではない。けれど、いちばんの友達だったのに。
きっと、この幼馴染だった人と一緒にぶらんこに乗るなんてこと、今日で最後なんだろう。もう二度と、総悟とぶらんこに乗るなんて、ないんだろう。
ぶらんこの椅子に立って、ぐん、とからだを曲げた。世界が真っ逆さまに見えた。
Eighth.
(080524//再び総悟でシリーズもの。年齢と一緒に話を進めようと思っているのでそんなに長くはならないはず。前回名前変換なしにして苦労したので名前変換つけてみました。)