期間限定バレンタインSS

【ホワイトバレンタイン】

「シン、寒い」
嗚呼、これで何回目だろう。会ってまだ数十分しか経っていないのに、既に聞き飽きた台詞。
「んな事云われても、知りませんよ!」
最初は律儀に答えてたけど、今はもう面倒臭い。苛ついて思わず語尾が荒々しくなる。でも云われた本人は叱られてもケロリとしていて、シンの隣で嫌味ったらしく口元をつり上げた。
「冷たいな」
「それはどっちの意味ですか?」
たった一言なのに、何となく棘を感じる。寒いという体感的な事なのか、つれないという接し方の事なのか。
只でさえこの人は何を考えているか、かれこれ何年も連れ添っているシンですら判らない。
「さあな」
聞き返したら、案の定はぐらかされて。嗚呼、もう。マジムカつく。
急に呼び出されて、慌てて駆けつけたら開口一番、寒い、の一言。そりゃあそうさ、だって此所は地球でも北半球に位置する寒い国だ。オーブみたいに暖かい訳じゃない。しかもちょうど今は冬の季節。更に寒さが増しているんだから。
「…………」
それを判った上で来たんじゃないのか、この人は。に薄いコートを着てやってきたアンタが悪い!
そう心の中で毒づきながら、シンは無言で隣で寒がっている恋人を見た。
アスラン・ザラ。かつてはシンと同じ軍人で、英雄と称される程の功績を上げた者。けれど今は民間企業で呑気に玩具なんか作って、才能を無駄遣いしている人。
まあ、この人が飼い殺しにされている一因はシンにもあるっちゃあるのだけど。
それはさておき、今もまだ軍人のシンは、地球にあるザフト駐屯地に派遣されていて、災害からの復旧を手伝っているのだが。これが結構長い時間を要するもので、かれこれ一ヶ月はアスランの待つプラントに帰っていない。
会いたいけど、仕方ないじゃん。任務なんだから、と募る想いを堪えていたところに、いきなりプラントにいる筈のアスランから連絡が入ったのだ。
いやアンタ今ただの民間人でしょ。何で軍用の通信コード使えてるんですか。つかどうやって此所まで来たの。此所、ザフトの駐屯地で、関係者以外立ち入り禁止なんだけど。
謎は大いにあったが、アスランの事だ。まだザフトとの繋がりは切れてはいないという事か。アスランの為に、便宜を図ってくれる者がまだ居てくれたという事か。
「アンタさぁ……」
駐屯地の中を徒歩で移動しながら、シンが隣をテクテク歩くアスランに呼び掛ける。アスランは、ん?、と首を傾げて見つめ返して。
「何しに来たんですか?こんな所に」
会った時から不思議に思っていた事を、今更ながらに聞いてみた。
だってさ、会うなり寒い寒い言って、全然人の話聞いてないんだもん、この人は。
すると、アスランが真顔で答えた。
「シン、お前に会いたかったからだ、と言えば、信じるか?」
その言葉に一瞬耳を疑った。甘えるのはいつも年下のシンの方で、何年経ってもアスランは大人な態度でシンに接していて。こんな風に云われた事、一度もない。
まるで信じられない台詞に、からかわれているかとも思ったが、アスランの表情は真剣そのもので。嘘がつけない誠実な人だから、本気なんだと判った。
「え……どうして?」
ついその訳を尋ねてしまったシンに、アスランは機嫌を損ねず答えてくれた。
「今日はバレンタインだからな」
と、にっこりと笑って、でもやっぱり淋しそうな顔をして。そう呟いた。
嗚呼、そうか。今日はバレンタインだったんだ。任務に追われて忘れていた。
好きな人から甘いチョコレートと共に愛の告白を受ける日。でもアスランにとっては……哀しい日。大好きな母を喪い、そして大切な家族関係が壊れた日。
アスランが血のバレンタインで母を喪い、それをきっかけに軍人になったのは有名な話だ。無論シンもアスランに出会う前から知っていた。
付き合うようになってから、この日は共に冥福を祈ってきた。大好きなアスランからチョコレートを貰うのは二の次だった。シンも似たような境遇だったから、アスランの気持ちが判るから、欲しかったけれど我慢してきた。
「今日はお前と一緒に居たかったんだ」
そう言って、アスランは着ていたコートのポケットから何かを取り出した。それは、小さな箱だけど、綺麗なリボンで飾られたチョコレートだった。
「お前に渡したい物があると言ったら、イザークが便宜を図ってくれたんだ」
かつてアスランの仲間で、現在シンの上司である隊長の名前を聞いて、何となく理解できた。
今日はバレンタイン。アスランにとって大切な日。いつも恋人のシンと共に亡くした家族を弔ってきた。元同僚と現部下の事情をイザークは知っていたから。
だから、こうして今、アスランはシンの隣に居られる。
「……ん、判りました」
イザークの気遣いと、アスランの想いと。それらをシンは受け止める。
今日だけは俺、一緒にいてあげなきゃ。
「アスランさん……」
そっと手を伸ばして、チョコレートを受け取って。ついでにアスランの手も握って。
「早く行きましょう。寒いんでしょう?」
「ああ、頼む」
素直に頷いた恋人の上空から、ハラハラと雪が舞い降りていた。綺麗だけど、どこか切ない雪が、アスランの心を冷やす前に。暖めてあげなきゃ、と。
繋いだ指先の熱を感じながら、シンは思っていた。



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