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続きはおまけのバレンタイン企画です。
黒・桃・黄・紫・橙・赤・青・緑の八作品あります。







・黒

 はめられた……。
 にっこにこしてるヒナの向かいで俺は、ひたすらお酒のグラスを煽り続けた。正直、ヒナの顔とかよう見られへんかった。
 

「ヨコ、フグ行こうや!」
 ヒナが改めて誘ってきたのは、大阪でテレビ番組の収録が始まる前のこと。
 舞台をやってる間にスタッフさんに連れていってもらったとかで、それからずっと、何度断っても誘ってきた。
 ドラマ中やから嫌って、太りたくないから嫌って言うのに、大丈夫やの一点張りで。
 あんまり言ってくるから、じゃあ次誘ってきたらドラマ終わったら行こうくらい言ったってもいいかな? くらいには考えが変わってきて。
 ……だけどここ何日か前からその話題は全く出さなくなったから、俺は安心したような拍子抜けしたような気分やってん。

「おーくら聞いて!」
「どーしたん、ヤス?」
「しんちゃんなー、こないだフグ食べたんやって!」
「まじでー?」
「こないだ、れこも、れこめんで言ってた! なあしんちゃん?」
「おう! スタッフさんに連れてってもろたんや。めっちゃ美味かったで!」
「まじでー? それむっちゃ行きたいんやけどー」

 最近ずっとなんかしら一緒におる三人が、楽しそうに会話しているのを、俺はゲーム機とにらみ合いしながら聞いていた。
 美味しいもの巡りを楽しんでるらしい大倉とヤスはたちまちヒナの情報に興味を示して、きゃはきゃはと盛り上がる。
 俺が最近全然外食せえへんから、こうやってヒナをアクティブなままでいさしてくれる、大倉とヤスがおって助かると思ったら自然と顔はほころんでたかもしらん。

「おっしゃ行こうや! 今度収録のあと、みんなで!」
「やったー!!!」
「めっちゃ食べたいからロケ弁食わんとこう! ……みんないい!?」

 大倉が満面の笑みで振り返る。ちらっと見たらヤスは大倉にしがみつくみたいにして甘えて、……ん? なんか俺ヤスと目合ってる? なんで?
 俺が何か言うより早く、どっくんがものすごくいい笑顔で叫んで、楽屋を見渡した。

「わかった! すばるくんも行くやんな!?」
「え、……う、うん。マルは?」
「もっちろん!! なあゆうちん!?」

 ……? え?

「みんなで行くん!?」
 想定外すぎてゲームを放置してぽかんとしてると、全力で全員に頷かれた。
「「「「「「当たり前やん!」」」」」」


 ……まあたまにはいっかって思ったけど。
 ……まさか、雑誌の取材受けたりなんかして、いざ時間になって行ってみたらヒナしかおらん、なんて……。
 一緒についてきたマネージャーも「じゃっ僕はここまでなんで」とかいなくなる、なんて……。

 めっちゃ気まずかった。
 だけどとりあえず飯食って酒飲んでちょっと話してたらやっぱり、ヒナの笑顔見れるのが嬉しくなったりもして、だけどどこで誰に見られてるかと思うともう気が気じゃなくて。

「ちょ、トイレ」
 あまりにわざとらしすぎる、と思いながらもそう弁解してから会計カウンターに向かおうとした。
 だけどぐいっと腕をつかまれて、俺はそのまますとんと椅子に座り直した。
 酔っぱらってるせいで力が加減できてないヒナの指先は、そのまま俺の腕をつかみ続けた。

「ヨコ今、会計しに行こうとしたやろ」
「うん」
 否定するのがめんどくさくて、普通に頷いた。ヒナは顔を大げさにしかめる。いちいち声もしぐさも表情も大きくて、目立ちすぎて恥ずかしいというのもあるけど子供みたいで可愛いと思った。
「ええよ、誘ったん俺やし。はめたんやし、出すって」
 めっちゃ真剣な目をきらきらさして俺を見上げるから、俺は気まずくなって視線を逸らす。
「出しとくよ。ヒナほらちょっと、飲み過ぎたらあかんし、水飲んどき」
「嫌や。俺が出す!」
 声の強さにちらりと確認すると、俺のこと真っ直ぐ見つめてて、もっと気まずくなって慌てて顔をそむけた。
 
 だけど一瞬見ただけでも、据わった目でてこでも意見変えへんって感じで。
 むきになってるの、絶対言わんけど、可愛いんやけど。
 ……あーもう。

 髪の毛をぐしゃぐしゃにして、俺は視線を逸らしたまま呟いた。
「……だって、お金でなんでも解決できるって、言うてたんやろ?」
「ん? ああ、おかみさんな。こないだそう言うてはった」
「じゃあもうええよ、お前とのこと、お金で解決したいとか思わんし。はめられたからって、お金で解決されな気ぃすまんくらい楽しくなかったとか、別に思てへんし」

「…………」
 リアクションが全くなくなったことに急に不安がこみあげた。一気に機嫌を損ねたヒナが店内で大声でどなったらどうしようかと思って、俺はなだめるための口を開きかけた。

 だけど実際は全く違った。
 元々つぶらなヒナの目がますます大きく見開かれて、そして照れたように破顔する。
 言い訳しか言ってなかったつもりの、それもめっちゃめんどくさがって言ったつもりの、俺はびっくりしてヒナをまじまじと見つめた。
「えっ……?」
「ヨコ!!!」
「うっわ……!」
 いきなり抱きつかれて俺は反射的に身をよじる。こんなとこで何すんねんって叫ぼうとした瞬間、耳元で涙混じりの囁きが聞こえた。

「ありがとう。めっちゃ嬉しい……」

 ヒナがどんな顔してるのか、分からなかった。
 だけど……ヒナがどんな気持ちでおるかは、痛いくらいに分かった。
 当たり前やん。何年一緒におると思てるねん。

「ヒナちゃん」
「……ん」
「たまにはまた、ご飯行こうな?」
 酔っ払ってるのはヒナだけじゃなくて、俺もみたいやったな。

 バレンタイン。


 チョコより甘くて可愛い恋人の、願い事を今年はちゃんと叶えたらなあかんと心に決めた。
 



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