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お例文はいつかの小話。(青鉄全4種)





 自分と同じ色の制服に身を包んだ男が、ついと目の前を横切っていった。
 高崎線を探していたこともあって、うっかりその男を呼び止めてしまったのは、関東平野の乾いた冬の、抜けるような青空のせいだったに違いない。外は空っ風が吹きすさんで寒い日が続いているが、室内は燦々と降り注ぐ太陽光のおかげで、まどろんだ空気をしている。
「なんだ?」とごく自然に応答する東海道本線は、宇都宮線の姿を視界に捉え、幾分か表情を緩めたように見えた。何かと路線の代表としてあちこちを飛び回ることが多い男なので、もしかすると今も堅苦しい用事の真っ最中なのかもしれなかった。
 待ち人の高崎線よろしく、疑り深い目で見てくれればまだ良かったのに、どういうわけか今日の東海道本線はいやにまっすぐな目をしていて、ふと宇都宮線は出来心をくすぐられた。

「2位おめでとう」

 東海道本線はあれで中々察しの良い男であるため、すぐさまその真意に気付いたのだろう、廊下の先へと向かいかけていた身体をゆっくりと宇都宮線の方へ向けた。
 宇都宮線と東海道本線は、別段仲が良いわけでも悪いわけでもない。宇都宮線がまだ路線として未熟だった頃に、随分と世話になったことを除けば、仕事上でもそこまで付き合いの多い路線ではなかった。西へ南へと伸びる東海道本線と、東へ北へと伸びる宇都宮線、もとい東北本線では、あまり共に仕事をする機会がなくとも、当たり前と言えば当たり前のことである。昔に比べ、ここのところは随分と顔を合わせる機会が減った。
 だからこそ、今更持ち出した話題だった。先のダイヤ改正―――東北新幹線新青森駅開業から2ヵ月が経ち、新しく仲間になった青い森鉄道も仕事に慣れてきた頃だった。
 かつて、上野から青森までを結んでいた東北本線は、日本最長の長さを誇る路線だった。それが、経営母体が国から民間会社へと交代し、高速鉄道敷設と地方路線の経営状況とが鑑みられ、並行在来線の自治体譲渡が決まったのは、いつだったか。何も東北新幹線延伸時に降って湧いた話ではない。宇都宮線も、それについては折り合いをつけてきているし、今になって騒ぐつもりもないが、延伸当時に散々周囲から気を遣われあるいは冗談交じりに指摘されたことについて、東海道本線は何も言わなかった。
 そしてそれは今も同じで、向き直った東海道本線は、何も言わない。

「…君が昔、僕に言ったこと、忘れたわけじゃないよね」

 東海道本線は、表情を変えない。宇都宮線が言わんとしていることを、自分の中で探し出そうとしているようにも見える。東海道本線の言葉を待たずして、宇都宮線は立ち去ろうとした。体重を預けていた壁からゆっくりと背中を引きはがし、東海道本線の向かう先とは逆方向へ歩を進める。3歩ほど進んだところで、「東北線」と少しばかり懐かしい響きを持って名前を呼ばれた。

「お疲れ様。多少は引き受けてやる。けど、変わらず、」

 東海道本線はそこで言葉を区切ってみせた。肩ごしに宇都宮線が振り返り、僅かに交差した視線を確認する。



「誇れ」



 東海道本線はそう言う。宇都宮線は、右手を指先までピンと伸ばし、一瞬だけ敬礼する。そしてその後は何も言わずに、お互いの向かう先へと足を踏み出した。

 何を言われようとも、奥州と東京を繋げることはお前の使命だ。お前が、この国で一等長い路線になる。
 その走行距離を、誇れ。





【営業距離:東海道本線と宇都宮線】




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