01

 巨大な時計塔がそびえ立つ、俺達の知らない八十神高等学校にて。



「月光館学園2年の有里湊。SEESのリーダーとして、シャドウを討伐している」

 感情のこもっていない淡々とした物言い。
 青い髪、光があたる角度によって灰色から青色に変わる不思議な虹彩。
 やや猫背気味ではあるけれど、すらりとした躯体と整った顔立ちはどこかの俳優の様。
 有里 湊という人間を俺は知っている
 知っているが俺の頭は、目の前の事実を否定しようとしていた。

「八十神高等学校2年の月森総司。 自称特別捜査隊のリーダーだ」
「……自称?」
「警察の捜査隊と区別するためとでも思ってくれ」

 表情筋がどんな風に動いてしまっているのか、それが心配だった。
 もう2年も前のこと、目の前にいる有里 湊は死んだ。
 親戚という立場であったため葬儀には俺も参加した。
 棺の中に花を入れる際に死に顔だって確認したのに、何故彼は俺の前に居る。
 向こうだって俺が月森 総司であると気づいているだろうに、どうして彼は冷静でいられる。
 最後に会った俺は中学生、そして今は高校生。
 何かおかしいと思わないのだろうか。

「どうした総司。化け物でも見たって顔をしているぞ」
「もう二度と会わないと思っていた人に会ったからな」

 先の発言で確信した。
 この湊は俺の知っている湊だ。
 だがしかし、もし彼が本物ならば2年という時間がずれている。
 俺が過去にきたのか、湊が未来にきたのか、それともそのどちらでもないか。
 思案のために押し黙れば、周りの仲間たちが心配そうにこちらを見る。
 だめだ、不測の事態でみんなが不安を感じているのに悩んでなんていられない。

「総司、俺はこの妙なところから脱出したい。一刻も早くな」
「こっちもそうだ。だから、そのSEESと特別捜査隊は協力体制であるべきと思う」
「話が早くて助かる。あとで互いの構成メンバーについて話し合おう。
 弱点や得意なスキルは全員が把握しておくべきことだしな」

 久しぶりに見る動く湊は良くしゃべる。
 話す事が面倒くさい、生きる事も面倒くさい。
 生ける屍のような男と言う印象があったのだが、ペルソナと関わって変わったのだろうか。
 もしかしたら、自分の中のシャドウと向き合う事で生きる活力が得られたのかもしれない。
 屍の様なまま死んでしまったのだと思っていたが、そうではなかったと知って俺は安堵する。
 人と関わることを拒否していた湊が、何かしらの組織のリーダーを務めていた。 
 ならばきっと彼は何かしら満たされて死んでいったのだ。
 
「……総司には前もって説明しておくべき人がいる」
「誰のことだ」
 無表情から一変して鋭い目つき。
 敵意に満ちているその眼差しに後ろで陽介が「怖っ!」と声を漏らした。
 こういった視線は完二やら学童の子供で慣れているので、俺はどうということもない。
 感情を表に出してきたことを嬉しく思う位には余裕だ。
「こちら、副リーダーを務めている有里公子。俺と同学年だ」
「有里公子です。よろしくね」
 茶色の髪に赤い瞳、透き通るような白い肌をした女子生徒。
 ポニーテールでまとめられた髪はふわりとゆれ、左の頭部側面にはヘアピンが「XXⅡ」の形で髪を留めている。
 英数字で22を表現しているのかは定かではないが、とてもよく似合っている。
 俺はこの人をどこかでみたことがある。いや、知っている。
 湊が死んだ日、共に死んだ人がいたと俺は聞いた。
 死因は全く同じ。心臓が急に止まったから死んだ。
 肩を寄せ合って仲睦まじく、まるで恋人のように屋上で死んだ人。
「月森総司、好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあ、総司君ね。私はなるべく下の名前がいいな、湊君とかぶるのよ」
「あ、確かに」
 既視感の原因を探っていたので気付かなかった。
 同じ苗字なんて珍しくないのだが、湊と彼女が同じ苗字なのは不思議な感覚だ。
「じゃあ、公子さんで」
「よろしくね、総司君」
 挨拶として差し出される右手を掴もうとしたが、それは湊の手によって阻まれる。
 鋭い目つきで俺を一瞥すると、ごく自然な動作のように公子さんの手を湊は握っていた。
 そのまま公子さんの手を引いて、湊は俺の前から立ち去る。
 生ける屍、人間不信の湊が発していた雰囲気とはまた別の刺々しい雰囲気。
 どうやら湊にとって公子さんは特別な存在のようだ。
 つまり不用意に接すると湊に殺されるだろう。
 昔から彼は手放したくないと思うもだけは、ずっとずっと大切にしまいこんでいる。
 奪われてしまわないように、無くしてしまわないように。
「そんなに必死にならなくても、とりやしないさ」
 死人から物をはぎ取るほど、俺は強欲ではない。


 異世界にて





 



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