お菓子な島のピーターパン <シザー×ウェンディ>
ネバーランドで世界によって開かれるのはコンテストだけじゃなかったらしい。
ウェンディは一通り概要を聞いて、驚いた。
「舞踏会・・・」
これはまたメルヘンな催しが出てきたものだ。世界主催の舞踏会。ウェンディのイメージとして舞踏会と言えば王城、もしくは名のある貴族の館で開かれるものであるのだが、この島で王城を見たことがないし、強いて言えば権力が集まるという意味であのコンテスト会場くらいだろうか。そして案の定会場は同じ場所のようだ。
「参加しなくちゃいけないのかしら・・・」
残念なことにウェンディの家は平々凡々一般市民であり、城の舞踏会に招かれるような家柄ではなかった。ダンス、と一口に言ってもそういえばハイスクールで何度かパーティがあったかしらという程度で、舞踏会という響きに相応しいような礼儀作法は押さえていない。ウェンディが困った顔でつぶやくと、シザーは当然だという顔で頷いた。
「ああ。私が参加しなければならないのだからお前もそうに決まっているだろう」
「えー・・・」
「不満そうな顔をするな。エスコート相手がいないなんて最悪だ」
少し拗ねたような声で言われる。
ウェンディに舞踏会の話を振ってきたのはシザーで、説明したのもシザーだ。当然のようにウェンディも行くという話で進めていたシザーは、恋人が乗り気でない事に不満げだ。だが、ウェンディの方はシザーの言葉に驚いた。
「エスコート相手がいない・・・って、シザー、あなたこれまではどうしてたの」
まさかあの、人に無関心破壊魔ワニ好き男もこの催しだけはきちんとパートナーをつけていたのだろうか。嫉妬などより驚きが先に来て、ウェンディは身を乗り出した。だがシザーの返答はそっけないものだ。
「勿論一人だったが?」
「・・・・・でも今最悪って言ったじゃない」
「お前という相手がいるのに何故私が一人で行かなければならないんだ、という意味だ。いつもは、と言ってもこの催しだって世界が退屈になった時にしか開かれないが・・・そうだな、あった時どうしていたかすら忘れた」
よっぽど無関心だったのだろうか。何百年という単位を平気で口に出す人たちだから忘れるのも仕方がないのかもしれないが、シザーの関心の無さがうかがえる。シザーはウェンディの両手をとって頬を押し当てた。甘えるような、優しい声で乗り気ではない恋人の説得を試みる。
「今回はお前がいるんだ。参加しなければならないのに変わりはないし、それならば愛しい女が美しく着飾って側にいる慰めくらいなければやってられん。退屈な催しも・・・少しはマシになる」
とどめだ。
言っている事は恥ずかしすぎて頭は大丈夫かと揺さぶりたくなるが、いかんせん表情と声色がよくない。どうして断れるのやら。
ウェンディはけれど一点だけ、と渋った。
「ドレスもないし、舞踏会用のダンスもわからないし・・・頑張って勉強してなんとか揃えてみるけれど、貴方に並べるほどのレベルは期待しないでね?」
「・・・・・・」
シザーは不思議そうな顔をしている。きょとんと擬態音がつきそうだ。
「・・・・ドレスも何も、一式そろえて贈る」
「えっ」
予想外だ。シザーは何故かぶつぶつと「そうか、そこから選ぶ楽しみがあるのか」「思い至らなかった」と独り言を呟いている。有難い申し出なのでそうして貰えるなら助かるが・・・。再びウェンディにちらりと視線が戻される。
「それから、ダンスなんだが」
「・・・?ええ」
「・・・。・・・・踊るのか?」
「舞踏会じゃなかったの?」
何を言っているのか。それともウェンディの認識が間違っているのか。舞踏会は聞き間違えで、お菓子の島らしく葡萄会だったとでもいうのか。
(それはただのワイン祭りだ!)
一応ウェンディは恐る恐る確認する。
「踊る方の、舞踏会よね?」
「・・・・・そうだが・・・。・・・・踊るのか」
しみじみとそう呟いて、そしてその顔はじわじわと笑顔になる。出会ったころでは考えられないデレデレ顔だ。シザーははっと体を起こした。
「俄然楽しみになってきた。面倒な催しとばかり思っていたが、やはり相手がいるのは違うな。安心しろ、ウェンディ。私が当日までダンスもレクチャーしてやろう。といっても相手を変える必要ない会だから基本ステップだけ覚えておけばいい。お前の相手は私だからな」
ちうと額にキスがされ、シザーは立ちあがり部屋を出ていく。いつにないそわそわした様子で何かを楽しみにしているシザーを見ると、ウェンディも嬉しいものだ。シザーの表情が少しずつ多くなっていくのを見つけるたびくすぐったくなる。
こうやって、少しずつ色々な事に目を向けて行けばいい。・・・まあ、るんるんしているのを見ると未だに違和感をぬぐえないのだが。
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「わあ、すごい・・・」
ウェンディの呟きの横で招待状を懐にしまいながら、シザーはその背に手を回した。後ろに護衛でついていたクリップとルーラーがウェンディの言葉に頷く。
「世界の催しですからね。コンテストと違って誰もが参加できる訳ではありませんし、招待状がくるのも世界が選んだ相手になります」
「私たちがこの島に来てから舞踏会のイベントは十数回目になりますが、艦長は毎度招待がされています。とはいっても艦長のやる気は毎回底辺だったので、こんなに自発的なのは私も初めて見ますが」
「ああ、コンテストと違ってこれは自分の意志で参加するのではない。そのくせ強制のイベントだからな。愛しい女を飾り立て隣に連れ立つ楽しみでもなければ、即刻帰りたい。時間の無駄だ」
「・・・・・シザー」
「という事でお前たちは邪魔だ。・・・何かあれば速やかに報告しろ」
前半はいつも通り投げやりに、ぺいぺいと犬でも払うような仕草をしつつ。後半は呟くような低い声だった。クリップとルーラーは小さく頭を下げそれぞれ人の間を縫って離れて行ってしまう。
「・・・・仕事、あるんだったらいいのよ?」
「馬鹿を。こんなに美しいお前を置いて離れたら、身の程を知らないどこぞの馬の骨がちょっかいをかけてこないとも限らない。いいや、間違いなくかける」
「・・・・・あのね、嬉しいんだけれど恥ずかしいから・・・それシザーの贔屓目だから・・・・」
いけしゃあしゃあとシザーは言ってのけているがさっきからウェンディはうまく返答が出来ない。真っ赤になって項垂れた。
上から下まで、シザーのお眼鏡にかなった品々で身を包んでいる。折角楽しみにしてくれているのなら自分の趣味はさておいて、シザーが喜ぶものを選ぼうと思った結果であるので、褒められれば満更でもない。それどころか好きな相手に褒められるのは嬉しい。だが、言葉を惜しまず人前でまで言われると居た堪れなくなるのだ。
言葉を止めるウェンディにシザーは怪訝そうな顔をしているが、リミッターが外れているシザーに人の心の機敏を感じ取れというのはまだ難しいかもしれない。ウェンディが何でもないように笑って、ありがとうと言えればいいだけだ。そう、慣れなければ。
「えっと、お腹は減ってない?何か持って来るわ」
「私がやるからお前は動かなくていい。・・・大した目的もない舞踏会だ。そう焦らなくていい」
「・・・・前は何して過ごしてたの?」
「さあ、どうしてたかな。特に記憶にないが海軍と縁のある所の挨拶を受けて適当に食べて帰っていた気がする」
「誰とも踊らず?」
「興味がない上にどうでもいい女の世話を焼くなんて疲れるだけだろう」
きっぱりと言い切られウェンディは若干眩暈がした。そしてこめかみに手を当てる。
ダメダメだ。
一般階級育ちのウェンディだって、シザーぐらいの地位がある人間が社交を完璧に拒絶しているのが如何にまずいかくらいわかる。好き、嫌いの話じゃない。そんな事を言っていていい立場じゃないはずだ。・・・おそらく。クリップとルーラー、二人の補佐官の苦労がしのばれた。
「じゃあ、シザーにとってもちゃんと舞踏会に参加するのは初めてなのね」
はは、と乾いた笑いを浮かべながらウェンディは呟いた。エスコートの仕方やステップを教えると言った口ぶりからして知識的な部分は問題ないようだが、彼だってほとんど初めてのようなものなのかもしれない。少しだけ詰るような声色が含まれた台詞にシザーは少し考えて、そして予想外に唇に緩く弧を描く。
「そうだな。お前と共にいると、初めての事が多くて退屈なんて出来やしない」
コンテストで優勝をしたら死を願うつもりだったと言った男の口から、そんな言葉が出るなんて。呆れていたのもどこへやら、じわじわと嬉しさがわきあがってくる。
「・・・。それは、よかったわ」
「一曲、踊ろうかウェンディ」
差し出された手に、己の物を重ねてウェンディは笑った。
完璧でなくていい。どうせ、ウェンディだってそうで、そしてシザーも。
ホールの中心に出て基本姿勢をとり、そういえばとシザーの顔を見る。
「褒められてばかりで舞い上がってたけれど、シザー、あなたもすごく格好いいわ。普段と雰囲気が変わって・・・。ふふ、貴方は黒も似合うのね」
にこにこ思っていたことを口に出せば、曲が始まっているというのに何故かシザーはぴたりと動かず。
緩く結わえた銀色の髪の隙間から赤い耳が覗いたのを見て、ウェンディは小さく噴出した。
してやったりだ。
【 END 】
一生ラブラブしてろシザウェン!!!!!!
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