魔法ビスケット







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お礼のネームレス夢小説を用意しましたので、よしなにお楽しみください。

テーマは、「花」。ラインナップは、土方十四郎・黒尾鉄郎・安室透3本です。



20210322


















銀魂 土方十四郎「シロツメクサ」






「おまわりさん!」

酒屋の前で煙草を吹かしていた土方の足元に駆け寄ってきたのは、おかっぱ頭の子供だった。鹿の子模様の着物に、赤茶色の帯、汚れた足袋は、子供らしくよく外で遊んでいる証だろうか。

土方は煙草の煙が子供にかからないようにして答えた。

「どうした? 何か困り事か?」

子供はふるふると首を横に振り、真っ直ぐな眼差しで土方を見上げ、「これ」と両手を突き出してくる。その手は、白や薄青の野の花をぎゅっと握りしめていた。

「これ、お礼です!」
「お礼? 何のことだ?」
「おとうとを助けてくれたでしょう?」
「弟って、言われてもな……」

土方は困って頭をかく。土方の仕事は不逞浪士の取り締まりであって、町人に手を差し伸べることではない。攘夷浪士を斬り捨てて町の治安が良くなれば、回り回って人を助けることになるだろうが、この子供がそういうことを言おうとしているとは思えない。この年頃の子供の弟なら、5歳にも満たないはずだが、その年頃の子供と触れ合った記憶もない。

もしかすると、他の誰かと勘違いしているのだろうか。真選組隊士ならば皆、同じ隊服を着て町を巡回している。人違いをしているのかもしれない。

とはいえ、そう説明したところで、納得してもらえるとも思えなかった。

土方は煙草の火を消してしゃがみ込み、子供と目の高さを合わせた。

「俺がお前の弟を助けたって言うのか?」

子供はうんと頷いて、花を握りしめた手を土方の方に突き出す。柔らかい花びらが土方の鼻先をかすめ、甘い匂いがふわりと香った。

「悪いが、俺ァあちこちで人助けしててな。お前の弟を助けたことは覚えちゃいないんだ。それは、いつのことだったか教えてくれねぇか?」

「せんしゅう、うちの前でよ。おにわであそんでたら、ちょっと目をはな、はなしたときに、おとうとがみちに出ちゃったの。それでね、くるまが走ってきてね、すごくあぶなかった時に、おまわりさんがたすけてくれたのよ」

子供の声はたどたどしく、舌ったらずで、聞き取りにくくて仕方がなかった。息継ぎが下手で、妙なところで言葉が途切れる。なんとか最後まで言い終わったときには息が上がって、肩が弾んでいた。この年の子供には、このくらいのおしゃべりもひと苦労なのだろう、頬が林檎のように赤い。

土方には、車にはねられそうになった子供を助けた記憶などなかった。きっと隊士の誰かの仕業だろう。そういう報告に目を通した覚えはなかったが、わざわざ報告するほどのことではないと判断して、記録には残さなかったのかもしれない。

花を持つ手が疲れてきたのか、子供の腕が震えている。青味がかった黒い瞳はどこか不安そうだ。

土方はできるだけ優しく微笑みながら、子供の手から野の花を受け取った。子供の手は緊張のせいか、汗に濡れて湿っていた。

「あぁ、そういえばそんなことがあったな。やっと思い出した。弟は元気か?」

子供はパッと笑顔になると、大きく頷いた。

「うん。おまわりさん、ありがとう」
「おう。気をつけて遊べよ。仲良くな」
「うん!」

子供はくるりと踵を返すと、道路の左右を確認し、片手を上げながら、道の向こうに走って行く。子供に面立ちの似た女が、土方に向かって会釈をする。おそらく、母親だろう。

その右手は、まだ足元もおぼつかない子供の手を握っていた。母の手の中に飛び込んだ子供が、大きく手を振っている。土方は花を持った手を軽く持ち上げてそれに答えた。

「かわいいお花」

と、後ろから声をかけられて土方は飛び上がるほど驚いた。

「何だよ、驚かせるなよ」
「すいません」

土方は自分の手元を見下ろして、唇を真横に引き結んだ。なんの事情も知らずにいたら、野の花の花束を持つ真選組副長はとんでもない間抜けに見えていそうだ。だが、うまい言い訳も思いつかない。

「これは、もらったんだ」
「へぇ、そうなんですか」

とはいえ、訳知り顔でにっこりと微笑まれるのも居心地が悪かった。真選組副長が野の花を持って立っているだなんて、どこからどう見てもおかしいのだから、せめてひと言つっ込んで欲しい。

「どうしてこんなもん持ってるか、聞かねぇのか?」

土方は思わず声を尖らせる。

「あら聞いて欲しいんですか?」
「普通、気になるだろうが」
「私は別に気になりませんけど」

その時、土方ははっとした。こいつの持って回った言い回し。さてはこの花を誰が持ってきたのか知っているのだ。酒屋の店主と世間話に花を咲かせているとばかり思っていたのに、しっかり聞き耳を立てていたらしい。

からかうような笑顔が、妙に憎らしかった。

「やる」

土方は苛立ちまぎれに花束を突き出す。その手はあっさりと押し返された。

「だめですよ。これは、土方さんがもらったものでしょう」
「俺がこんなもん持ってたらおかしいだろうが」
「おかしいことなんてないですよ。お似合いですってば」
「似合うわけねぇだろうが、からかうのもいい加減にしろよ」

高い笑い声を聞きながら、土方はぐっと眉間に皺を寄せる。

すれ違う人々が、片手に花束を握りしめた真選組の鬼副長をちらちら見ていた。恥ずかしくてたまらないし、第一、煙草に火もつけられない。

「おい、頭に埃がついてるぞ」
「え、どこですか?」
「そっちじゃねぇよ。見せてみろ」

すっきりとしたまとめ髪を自分の方に向かせる。視線が逸れた瞬間、土方はその好きに花束から白詰草を抜き、簪と同じ要領でまとめ髪に突き刺した。

「わっ、ちょっと、何してるんですか?」
「じっとしてねぇと髪が崩れるぞ」

町中の往来でそんなことになっては、女の身ではたまらないはずだ。土方が脅すように言うと、案の定抵抗する気配はパタリとなくなった。

派手ではないし、子供がぎゅっと握りしめていたせいで、すでに萎びかけていた花だ。けれど、黒々とした流れる水のような髪に添えると、その白さが際立った。素朴で優しい愛らしさが、ぱっと花開いたようだった。

呉服屋のショーウィンドウの前を通りがかったので、ガラスに映るその姿を見せてやる。

その目が大きく見開かれ、きらりと輝くのを土方は見逃さなかった。

「やっぱり、私の方が似合いますね」
「だろ」

花束の残りを差し出す。二度目は、邪険に突き返されることはなかった。


















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