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「薄才」



 整備士という仕事柄、器用さを持ち合わせている凱や古田が、皆の食事の担当になっている。
 料理といっても凝ったものを作るわけではないので、凱も古田もそれほど苦ではなかったこともあるが、それよりも毎日の日課になっていただけでもある。
 凱たちが子供の頃は、弁慶が栄養の面も考慮しながら皆の食事を作っていたのだが、何時しか世代交代していた。それは、親代わりとして育ててくれた弁慶への恩恵の念も含まれていたことに他ならない。
 中でも、幼い時に弁慶が作ってくれた料理で忘れられない味はカレーだった。これは他の子供たちにも人気が高く、あっという間に空になった。おかわりでは争奪戦になり、仲たがいの原因となって、よく弁慶は、困った貌をしながら宥めていたものだ。
 材料も揃ったことだし、今日の献立はカレーにしよう、と凱が玉ねぎを手に持ち、洗い場の蛇口を開けようとしていた時である。
 渓がひょっこり貌を出し、「今日は私が作る」と言い出した。
「ええっ? 渓が?!」
「何よ、何か不満でもある?」
 渓は、古田と貌を見合わせ、不満そうな凱と古田の二人を交互に睨みながら低く唸った。
「そ、そういう訳じゃないけど…ねぇ」
「ま、まあな…」
 確認をし合うように視線を交わした二人を尻目に、渓はというと、凱の手からたまねぎを受け取り、さっさと調理を始めてしまった。こうなっては何を言っても無駄である。
「どうします? 凱」
「どうするったって…」
 一度言い出したら聞かないことをよく知ってる二人である。仕方なくリビングへ移動し、見守ることにした。
 中からは「きゃぁ!」とか「うわっ!」などの叫び声が聞こえている。その後で、ガッチャンと物がひっくりかえる壮大な音まで聞こえていた。
「大丈夫ですかね」
「何ができるか不安だな〜。一応胃薬の用意をしておこうぜ」
 などと凱が失礼なことをいっている間も、盛大な声と物が落ちる音がしていた。


−−−−−−−−−−−−

 意外にもテーブルの上に並べられたカレーは、普通のカレーだった。色も何の変哲もなく、匂いも問題はなそうである。カレーと一緒に並べられた味噌汁とサラダの盛り付けという食卓はどこにでもある食事風景だった。
「では、今日も皆、お疲れ様。いただきます」
 手を合わせ、スプーンをもった弁慶を、じっと見つめる4つの目があった。
「ん?どうしたんだ? 凱、古田。食べないのか?」
 二人の視線に気づいた弁慶が貌を上げたその次の瞬間、
「う!」
 というくぐごもった声とともに、ガタンと椅子が倒れる音がした。
「どうした! 団吉!」
 驚いた弁慶が団吉に気をとられていたその横で、今度は
「ううっ!」
 という声と同時にガツンと机に何かがぶつかる音がする。
「ゴウ?!」
 状況が掴めないものの、とりあえず、救護班を呼ぶべきかと頭の中で巡らせていた弁慶は、ふと、腰を落ち着かせている凱と古田に気づき、ある疑問がわいた。
「お前ら、何か知っているな…」
 咎めるような目で睨まれた二人は、慌てて、首を激しく振り上げながらいいつくろった。
「違いますよ! 俺達じゃありませんっ」
「誓って何もしていませんっ」
 懸命に言いつくろう二人を睨みつつ、弁慶はテーブルの上にあるカレーに目をやった。見たところ、何かあるようには見えないのだが−−
 思考がカレーに向いていたせいか、弁慶は呟くような小さな声を聞き逃していた。
「ごめんなさい…」
 今度は少し大きめな声で発せられたため、その声で思考が現実に戻ってきた。
「親父…」
 渓が珍しくしおらしくなり、貌を曇らせて立っていた。弁慶は不思議そうにそんな娘を眺める。
「渓? どうした」
「ごめんなさい、団吉たちが倒れたのは、多分私のせい…」
「何?」
 そういえば、凱と古田に気を取られていた時、二人はカレーを口に入れようとしていた。 
「今日のカレーを作ったのは、渓なんですよ」
「つまりですね、二人が倒れた原因というのは…」
「渓が作ったカレーなのか?」
 凱と古田の言葉で、団吉とゴウのことなどすっかり抜けおちてしまったらしい。
「そうか! お前もとうとう料理に目覚めたか!」
 渓の肩を抱き、弁慶は満面の笑顔で頭をなでまわしながら、「そうか、そうか」と何度も頷いた。 
「大将、そんな場合じゃないですよ。団吉たちをあのままにしておいていいんですか?」
「そうだった。救護班を呼べ、古田。ただし、上には報告しなくていい」
 完全に私用が混ざった弁慶の言葉に「いいのかなぁ」と呟きながら、通信機のある部屋へ消えていった古田の後姿を追いながら、「やっぱり食べないでよかった」とほっと息をつく凱がいた。
 その横で、「渓。今度は俺が教えてやるからな」と微笑む弁慶がいる。
 (それだけは、止めて下さい、大将…)
 凱の思いは、果たして。





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