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■魔里人今昔物語-其之七-■
~ミツバチたちの休日・番外編ノ弐~


「お弁当を包むのに丁度よい大きさかもしれませんね…!」



新年を迎えて三日目の午後――
使用人達が帰ってきて再び賑やかになった音羽邸の居間でお嬢様と居候殿前に広げられた土産の数々の中から、
まずは最初に手に触れた染め布を広げてみせたマドカの嬉しそうな一声に居候殿は苦笑し、
釣り眼のメイドをはじめ他の使用人達はほんの少し、困った顔をしていた――
彼女が言っているお弁当とは、きっと中庭でのランチタイムのときに使う小振りの重箱のことだ。
確かに、その普通のスカーフよりもだいぶ大判のこの染め布は、
お嬢様がお庭でのランチタイムによく使う籐籠の中に敷くのにもピッタリの大きさであるのも良くわかる――
しかし……


「――あら、スカーフにしても良いかもです!」


フワリと広げていた染め布を今度は首元で結ぶ仕草をしながら
“どうですか?”と居候殿に尋ねるようにマドカは彼の方に意識を向けた。
彼は少し――やはりほんの少しだけど、困った顔をしているのを彼女は知らない。


「――確かに、弁当の包みにも、お前のスカーフにも丁度良い大きさなんだがな……如何せん、柄が、な……」

士度の言葉の端は同意を求めるように使用人達の方へと流れた――彼らは一斉に、それに応えるかのように頷いている。

「あの……柄、が――とても素敵な模様なのですが…それでもお嬢様には少々勇まし過ぎるものかと……」

そう遠慮がちに意見した執事の視線はお嬢様の首元の染め布から、自然と居候殿のバンダナへと移った。
――そうそう、その染め布の柄のパターンは何故かとても――士度様のバンダナの柄に、良く似ている……。

一方、盲目のマドカは漆黒の瞳をパチクリさせながら染め布を首から外すと、
さらなる説明を求めるかのように士度の方へと一歩、近づいた。
士度は彼女から染め布を受け取り目の前のテーブルに広げると、今度は彼女の手を取り――
その染め布の柄を共に手を重ねながらなぞるように辿る。

「………この流れは、風――」

士度の手に導かれ、マドカの指が流れる空気の線を描きながら短い渦をつくった――


「そしてこっちの円は太陽――コレは水……」


大きな円と、その斜め下には楕円の渦――マドカの眼が興味深そうに瞬いた。
そして思い出したかのように背後の彼を見上げ、空いていた片手で彼のバンダナに触れた。
そう、この染め布の紋様は――以前彼に教えてもらった、いくつかある彼のバンダナの模様にそっくりだ。
――そんな彼女の表情に優しい眼差しを返しながら、士度は静かに言葉を続ける。

「――時々出てくるこれは、魂だ。で、こっちの紋は、戦士……」


あぁ、そうだったんだ―――居候殿の説明を聞いて、使用人の誰かがポツリと呟いた。
その紋様を辿りながら、マドカの睫毛が微かに震えた。


「気の、流れと―――天と、地。そして自然は――人を諌め、守り――やがて……」


自然に還す―――


マドカの指は士度に導かれながら
静かに勇厳な幾何学模様を素早く、滑らかになぞると、
最後はその紋様の先が空に溶けるかのように揺れ――彼の声と共に止まった。


「―――これは、士度さんの……」

何かを言いかけたマドカの声が不意に途切れた――
それはその紋様に触れながら懐かしそうに染め布に視線を落としている彼の気配が、
今までに感じたことがない――望郷と喜びと悲しみが淡く綯い交ぜになったような不思議なものだったから。


「―――いつか、お前に似合う染め布を作ってもらおう……」

マドカは草や木や――花の模様の方がいいだろ……?


もう一度その染め布の紋様を刹那、どこか懐かしむように指で触れた後――士度の優しい問い掛けがマドカの心を擽った。
彼は“誰に”とも、“何処で”とも言わなかったのに――
その場にいる者にただ言葉無く伝わったのは、ソレが彼にとって、
大切な何かであるということ。

「はい……!」

彼の想いに応えるような彼女の慈しみ深い声と共に、彼の手に触れたのは――並ぶ土産物の中にあった、野花が彫られたブローチ。

「マドカには、こっちがいい……」

そう云いながら士度が彼女が着ているブラウスの首元にその楕円の木製ブローチを付けてやると、
同席していた使用人からもやっと安堵の表情や明るい笑顔が漏れた。

「ありがとうございます……!」

つけてもらったブローチの花模様を愛おしそうに指で辿りながら、マドカはそれを買って来た釣り眼のメイドとおかっぱのメイドに礼を言った――

「と、とんでもございません……!」
「あ、私たちは最初からそちらのブローチの方がお嬢様に似合うかなぁって……痛ッ、香楠さん……!」

釣り眼のメイドの謙虚な返事に続いたおかっぱメイドの正直な感想には、
“余計な事を言うな”と足で語った先輩メイドのお仕置きがすぐさまついてきたので、
残りの使用人は青くなり、お嬢様と居候殿は苦笑い。

そんななか執事は土産のひとつの燻製を、食べやすいように切り分けてお嬢様と居候殿へと恭しく持ってきた――
ソレにもやはり、居候殿の視線が人知れず――興味を示したらしかったから。



「……………」

懐かしいと思ったのは、かつて――それは戦が激しくなるほんの少し前――自分もその作業を黙々と、しかしどこか楽しみながら行っていた過去があることを
――不意に思い出したからだ。
邑外れに近い染物小屋で、藍や墨の匂いのなか、
一筆、一染めに籠めた想いが、更の布地に新しい呼吸を与えているような感覚になり――
独り布を染めることが、心安らぐ刻であった時期もあった。

しかしそんなささやかな時間も、やがて争いに呑まれてしまったので、
長くは続かなかったけれど。


「……………」

すこしずつ、邑にも平和が……――

戻ってきてるのか。

午後のお茶の時間の後、マドカをバイオリンの練習に送り出した士度はティールームのテラスの椅子に一人座し――件の染め布を眺めながら思った。

その染め布の紋には――とうに忘れかけてはいたが――士度が染物小屋に置きっぱなしにしたのであろう、彼が創った紋様の型がところどころに使われていた。
小屋の片隅で埃を被っていたソレを、誰かが磨いて使っているのだろう――
紋の配置や好みから推測するに、それはきっと、まだ若い……

「…………………」


魔里人の邑が、再び、ゆっくりとではあるが
新たな時を刻み始めていることを、使用人からの思わぬ土産と、土産話で士度は知った。

それはきっと喜ばしいことであるのだろうが――
その下にどうしようもない哀が、冬の湖水のように士度の心に透明な膜を張った。

改めて思い知らされた。

還ってはこないのだと――二度と、決して。

あの小さな染物小屋で、手を藍に染めた――
そして出来上がったソレを手に、誰かの笑顔を見た、


あの頃の邑には

もう、帰れない。




~終~



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