拍手ありがとうございます。お礼はこれのみです。 思い出してしまったのなら。 いっそ、全てを想いだして。 その痛みも、悲しみも。 その、甘さも……。 『 コードネームは HPSG 』 その18 しばらく、二人で生徒会室で抱き合っていた。 やっと息が整ったと思ったのに、今度は違った意味で息が苦しい。 「ちょっ……、慎吾、さん……」 息がうまく出来なくって、意識が朦朧とした自分を抱き締めて支えてくれたのはありがたかったし、つい嬉しくってその背中に手を回して、そのまま離したくなくって腕に力を入れたのはオレだけど。 そのまま、意識がしっかり戻ったオレは、この状況に心身が追いつかない、心臓が爆発寸前な状態に追い詰められているのだった。 ぎゅっと。 慎吾さんに力強く抱き締められて胸が苦しい。 慎吾さんの背中に回した腕、その掌に伝わってくる傷の感触さえも、ある意味苦しい。 慎吾さんに抱き締められている事が、嬉しくって苦しい。 慎吾さんの傷痕が意味するものが、苦しい……。 このまま、口から心臓が飛び出してしまうんじゃないかなぁ? 自分のその音だけが爆音となって、耳に響いている気がする。 他一切の音が切り離されてしまったみたいだ。 いや。 後感じるのは、傍にある慎吾さんの息遣いだけ。 首筋と耳朶にかかるそれがこそばゆい。 「……これ、邪魔」 「えっ?」 あっと思った時は。 HPSGとして唯一の象徴であり、正体を隠す手段であるサングラスが奪われてしまっていた。 慌てて俯こうとするオレの仕草に、「ぷっ」と頬を膨らませて噴出す様にムッとする。 そして。 さっきの慎吾さんの言葉を思い出して、余計腹が立ってきた。 「……いつから」 「んっ?」 「いつから! オレが迅だって、知っていたんです?」 そうだ。 意識を戻したオレが「慎吾さん」って名前を呼んだら。 「迅」って。 すっごく……。 優しく微笑んだのを思い出して、嬉しいような、なんでだよ? っていう悔しいような気分を味わってもいた。 「何が?」 「!? 何が、じゃなくってですね!」 オレが慎吾さんの胸元から身を剥がして大きな声を出すと、クスクスと笑う慎吾さんの顔をまともに視界いっぱいにおさめるはめになって、余計顔の熱を暴発させて自滅してしまう。 「うっ。だって……」 HPSG1号が、真柴迅であるという事実を。ばれないように、してきたつもりだった。 一時はそれこそ。 迅の時も、1号の時も。 キスしてきたこの人の思惑が解らなくって、自棄になっていた時もあったというのに。 実は、慎吾さんはオレの正体をはなっから知っていたって事、だろ? 一つのモヤモヤはその時点で「なぁ~んだ」っていうほど、呆気なく霧散する事となる。 迅と1号のどっちに対してのキスだったのか? 答えは、同じって事な訳? オレの悩んだ時間を、返せ!! 体調崩したほど悩んだのにぃぃぃ!!! でもさ。 何時から解っていて、オレをある意味騙していたかって所は、違った意味で問題あるような気がするんだけど、な。 すごく、面白くない。 赤くなって恥しがったり、ブスッとむくれたり。オレの百面相を楽しそうに見ていた慎吾さんは、オレの心の中の葛藤を悟ったのだろう。 一度ふぅっと息をついてから。 「……最初っから」 「……はぁ~?」 あっけらかんと答えられて。オレは開いた口を塞げなくなっていた。 「……あのさ。HPSGと生徒会の関係はある意味、すごく大事なものだって解らなかった?」 「……」 「そうだな。その辺もちゃんと話さないと、いけないな」 「……」 力なく、オレはまた慎吾さんの胸元に顔を埋めてしまう。 ……結局。 HPSGも生徒会の掌握の元って、事なの? それじゃ監査の意味、ないんじゃない? 「……いや、馴れ合う関係って意味では、ないんだよ」 オレの呟きに慎吾さんは答えて、頭を優しく撫でてくれた。 「本当はね」 「はい?」 耳元で囁かれるから、顔を上げると。数センチに接近した端麗な顔に、熱がボボボン! とまた顔に集中してしまう。 本当に、あーこの人の顔、好きなんだな、オレ。と、再確認してしまう。 顔だけ好きって訳じゃあなくってさ。この人の姿も仕種も、とどのつまり何もかも! 小さい時憧れてしまった二人が、どれだけオレの好みのタイプを形付けてしまったかって事なんだろうけど。 その薄い唇が囁く。 「今回だけ、HPSGの正体を逸早く理解しちゃったんだよ」 楽しそうに微笑むそれは、悪戯っ子の顔。 「……それが」 「し、慎吾、さん?」 近づいてくる顔に引こうとする頭を後ろから腕に押さえ込まれて。 「……相手が大好きな子だったら。誰だって正体を見破っちゃうだろ?」 「なっ!? 何、言って……」 何言ってるんですか? と耳まで真っ赤になったオレが続けたい口元は。 あっさりと慎吾さんの唇で塞がれてしまっていたのだった……。 繰り返し、くり返し。 落とされる唇に答えるように重なり合うそれ。 開いたら最後、その奥まで吸い込んだ息さえも奪い取ろうとするかのように、慎吾さんの舌が差し込まれるから。 思わず最初はされるがままだったのだけれども。 自然と押し返すように舌で返したら、自然とそのまま床に押し倒されていた。 くちゅっと。 お互いの唾液の混ざる音に、今の状態が夢ではないんだと思い知らされる。 自分の上に被さって重なる部分の熱と、両腕を押さえ込む慎吾さんの両手の強さも。 身じろぐオレを容易く押さえ込んでいる身体の重さに、苦しさよりも、もっと感じたいと思うのはなんでなんだろう? 大好きなんて、簡単に、……言わないで、欲しい。 こっちだって。 そう想っていても、簡単に口に出来そうも、ないから……。 「……んんっ……」 なんとか嚥下しても溢れてしまう唾液を嘗め取られて、静かに見詰められるだけで。 ずっと高鳴りっぱなしの心臓が今にも破裂してしまうんじゃないかと、きっと熟れたトマト以上に真っ赤な顔のまま見詰め返す度胸もなくって、オレは視線を反らした。 「……あっ」 「?」 視界に入った慎吾さんの右肩。 白い滑らかな肌の上に、色が少し変わった部分を見つけてしまう。 そっと。 左腕を動かすと、慎吾さんの手を手首につけたまま持ち上げる事になったけど。 そのまま、静かに右肩に手を置くと、諦めたように慎吾さんの手が離れて、オレの頬に優しく降りてきた。 「こ、れ……」 さっきまで張り裂けそうだった心臓が、違った意味でコトリと音を上げる。 血塗れ、だった……あの日。 「……思い出してしまったんだろ?」 頬に置かれた手が、柔らかく、でもしっかりとオレを気遣うように擦るから。 オレはコクリと静かに頷いた。 あの日。 いつものようにショーンが寝てから、慎吾さんに連れられて自分の部屋に戻った。 そして、何も変わらないはずだった。 寝入るまでオレの傍でただ、静かに手を握ってくれていた慎吾さんにほっとしながら。オレはそのまま意識を睡魔に手放した。 その頃、いつもと違ったところ言えば。 ショーンの両親がアメリカから帰ってきていた事。 遠くからの帰郷にお疲れだからと、挨拶もそこそこに別れてそれから遠くからしか見かけていなかったけれど。 ショーンはお母さんに似てるらしかった。でも髪や瞳の色などは白人のお父さんに似ている事に気が付いた。 綺麗なお母さんと一緒にいると、まるで天使同士が語らっているようで、すごく絵画の世界のような、非日常な雰囲気をかもし出していたなぁと、今更ながらに思う。 たまに、じっと。 離れた所から自分を見つめているショーンのお母さんの視線が、微笑んでいるはずなのに何故か。 すごく冷たくまとわり付くような感じで、怖かったのを思い出す。 「久しぶりの親子再会だから、僕達は席を外しておこうね」 そう言った慎吾さんと二人で過ごす時間が多くなったのはそれはそれで嬉しかった。 ショーンには悪いと思ったけど、親子水入らずで過ごすショーンはやっぱり嬉しそうだったし、邪魔したくなかった。 その様子を見詰める慎吾さんの瞳が、寂しそうに見えたのは不思議だったけど。 あの日は。 慎吾さんのご両親も屋敷にやってきていた。 でも。 ショーンみたいに慎吾さんは甘えたりはしなくって。 礼儀正しく受け答えしている様子を子供心に、なんでもっと仲良さそうにしてないのかなと、見ていたのを思い出す。 「ホームシックになった?」 「ほーむしく?」 「あははっ」 寝る前に慎吾さんに訊かれた。 「お父さんやお母さんに会いたくなったかって、事」 「慎吾ちゃまは王子ちゃまと同じ位、いろいろな事知ってるのね?」 ホームシックなんて言葉を知っている慎吾さんを素直に感心するオレに、困ったように微笑むと慎吾さんは言った。 「……僕は、ショーンの身代わり、だからね」 「慎吾ちゃま?」 どうして? そんな悲しい事、言うの? それに。 お母さんとかに会ったのに、どうして嬉しそうじゃないんだろう? かえって辛そうに見えて。 思わず慎吾さんの頭を撫でていた。 ふっと微笑んでその手を取られて、そのまま慎吾さんの頬に当てられる。その冷たいけど柔らかい頬を温める様に、もう一つの手も反対の頬に当ててみた。 「慎吾ちゃまと一緒だから、大丈夫だもん! じんは強い子」 「……ははっ、そうだね。迅は、強い子だ」 「慎吾ちゃまも。じんと一緒なら、強い子?」 苦笑して。でも「そうだね」と微笑んで。 オレの小さい手を包み込むように重ねられた両手だって、まだ小さくって。 でも自分より数倍も大人に近い人だって子供心に感じていたから。 時たまその隔たりに寂しさを感じていたのも、今思い出した……。 惨劇は。 いつだって突然に始まるものなのかも、しれない。 人の気配に、目が覚めた。 「……? 慎吾ちゃま?」 今日は自分の部屋に戻るとは言っていたから、また何か用事で戻ってきたのかな? そう思った。 しかし、暗い部屋の中。 感じる気配は慎吾さんのモノでも、ましてショーンのモノでもなかった。 今まで感じたこともない、得体の知れない恐怖が背中から自分を鷲掴む感覚に飛び起きた。 瞬間! ガッ!! と。 首に巻かれた細いものに締め上げられて、驚きもがく! 必死に首を締め付けてくるものを剥がそうと、躍起になって両手で引っ掻き、足をバタつかせた。 グイッ! と、より力が入ったそれと。 身体に圧し掛かってくる重さに息苦しさが増す。 同時に、ドンドンと頭の中が赤く染まっていく気がした。 「くぁ……」 耳元でガンガンと響く音が、キュッと首元を締め上げる音が、混ざる。 「止めろ!!」 叫び声が自身の奏でる騒音の先から聴こえたと思った時には、自分の上にあった重しが乱暴にどいたのは同時だった。 ヒュー! と。 蛇が舌を出すような音を出して、なんとか酸素が自分の肺に満ちるのを感じると共に、むせる。 俯いて閉じれない口元から、何とか息を続けようとするその背中を、擦られる。 「大丈夫か!?」 「……し……」 「いいから。ゆっくりと、息をするんだ」 なんとか霞む視界で捉えたのは慎吾さんだった。 今までにないほど狼狽してる表情を浮かべているのを、その時のオレは怒っているのか、泣いているのか、悲しんでいるのか、どの気持ちの表れなのかを理解できずに、ただそこに慎吾さんが来てくれた事に安心したのを覚えている。 ゆらり。 ベッドの脇にゆっくりと立ち上がる影。 オレはしっかりし始めた視線の先で、その相手の正体を知って愕然とする。 「えっ?」 「どうして、邪魔をするの?」 彼女は静かに言葉を紡ぐ。 「だって。一人で逝かせるのはあまりにも、可哀想じゃない?」 彼女はそっとガウンのポケットに手を入れると、その中に忍ばせてあったナイフを取り出す。 「だから、一緒にアナタの大好きなその子も、逝かせてあげるから、ね?」 サラリと。 白くて細い指がナイフの鞘をゆっくりと刃から抜き取って、その窓から差し込んだ月光に姿を現した短い刀身は、寒々しい色を反射させていた。 「シンゴ一人だけ、逝かせはしないから」 ニッコリと。 まるで女神のように美しく微笑んで。 息子に似た微笑を浮かべたまま、静かにベッドに歩み寄る。 「やめてくれ! 迅は関係ないんだ!!」 慎吾さんはその身をていしてオレを庇おうとしている。 「そこをどきなさい、シンゴ」 「やめろ!!」 「……そこを、どきなさい! シンゴ!!」 ビクリ! 慎吾さんの背中が彼女の言葉に大きく揺れる。 「シンゴ、可哀想な私のシンゴ。私が弱いばっかりに、そんな不自由な身体で生まれてしまった」 彼女の瞳から一筋涙が流れる。 「私の可愛いシンゴ。長く生きられないって、そう神様は意地悪を言うのよ」 ゆっくりと、近づいてくる。 「どうして? 愛する人との間の子が、どうしてこんな責め苦を背負って生まれてこなければならなかったの?」 見上げた先にあるのは、ただ虚ろな瞳を自分らに投げかけてくる女性。 その右手にはナイフが握られ、静かにその腕が持ち上がっていく。 「お母さんが、弱かったのが。一番いけなかったのよ、ね?」 浮かんだ笑みはどこか雪の女王の絵本から抜け出してきたみたいだった。 「だから。あなたの行く天国には、先にアナタの大好きなこの子を導いておくわ」 「……母様……」慎吾さんが確かに、そう小さく呟いた。 「……えっ?」オレはその言葉を不思議に思う。 「大丈夫。必ず巡り会えるから。愛する人とは、必ずまた出逢えるものだから」 彼女の右手に握った切っ先がが天井を指し示して、止まる。 見上げる子供らを。 静かに見下ろすのは。 我が子への愛ゆえに。 その心を病んでしまった母親の末路。 「さぁ。一緒に逝きなさい!」 「やめてくれ! 母様!!!」 慎吾さんの言葉に、オレは瞳をギュッと閉じた。 「!!」 「止めて! 母様!!」 ショーンの叫び声がドアを乱暴に開けて入った瞬間に響いたけれど。 すでに。 振り下ろされた切っ先は。 オレを護る様に覆い被さっていた慎吾さんの背中を薙いでいた……。 「ぐぅぅ!!」 「慎吾、ちゃま!?」 呻く慎吾さんが自分の上に倒れこんでくるのを抱きとめる。 まだ息がし辛くって苦しいけど、それどころでないと、幼心にオレは慌てていた。 苦痛に顔を歪める慎吾さんを支えようと手を伸ばすと、 ビチャリと、生暖かい滑り。 そっと片手を上げれば。 その手を染め上げるのは赤い血潮。 見開く瞳。 それが何かなんて、解っている。 それがいっぱい出れば、それだけ痛いんだって、そう解っている。 痛いのがいっぱいになれば、『死』という別れがあるんだって事を、何となく知っていた。 「し、慎吾ちゃま!!」 オレは必死に慎吾さんを抱き締めたまま声を上げる。 それしか思いもつかなかったから。 このまま、消えてしまわないように。 力いっぱい抱き締める。 「なんで邪魔するの? この子も一緒に逝かせてあげようと、してるだけじゃない!」 呆然と立っている彼女がそう叫ぶ。その手からナイフが毛足の長い絨毯に吸い込まれるように落ちていった。 「やめて! 母様!!」 ショーンが駆け寄って母親の身体にその身全てで動きを阻止しようとしている。 「シンゴ? 大丈夫だからね? 一人で、寂しい思いなんて、させないから、ね?」 ニッコリと微笑んで。 抱きつく最愛の息子を赤く染まった手で抱き締めて。 彼女はクスクスと声を上げて笑い始めた。 「慎吾ーーー!! 誰か、来て!!」 さっきまで酸素吸入をしていたショーンが、荒い息遣いで必死に叫んで家人を呼ぶ。 「あっあっ」 自分の上に崩れ落ちたまま、動けずにいる慎吾さんの身体を必死に抱えながら。 オレは何を言っていいのか、解らずにただ抱き締める事しか出来なかった。 「だい、じょう、ぶ。だから」 「慎吾……王子ちゃま?」 「良かった。……迅……」 自分の事よりも。 オレの事を一番に心配してくれるそんな有様に言葉も出ない。 痛みと出血のせいで、意識がなくなりかけていただろうに。 微笑んで。 そして、苦しそうに瞳を閉じる慎吾さんに、恐怖が募ってくる。 いや。 死んじゃ、いや。 オレを置いていかないで!! もっと一緒に、いろいろな事をして、いっぱい笑って、いっぱい泣いて。 もっともっと! 二人の時間をこれからいっぱい過ごすんだって!! そう思っていたオレを、引き裂いた出来事。 あの日の、悪夢。 「いや、死んじゃいや!」 その後……。 駆け寄ってくる大人達に囲まれながら。 オレは意識を無くした。 それっきり。 全ての出来事を、封印してしまっていた……。 最愛の人を失うかもしれないという出来事が。 キャパシティを超えた恐怖が。 幼過ぎたオレの心に。 忘却という名の……。 封印を、招いていた……。 「あの後……」 慎吾さんがゆっくりと顛末を話してくれた。 すでに夜の暗がりに部屋が埋め尽くされてしまったのに気が付き、「くしゅん」とくしゃみをした慎吾さんに「さすがにいつまでもこの格好じゃ風邪を引く」と苦笑されて、着替えを済ませた後、部屋の明かりをつけて紅茶を入れてもらいソファーに座り込んで落ち着いてから。 並んで座ったオレの髪の毛をいじりながら、紅茶を湛えたティーカップを冷え切った両手を温める様に持って、それでも飲む為に冷ます様息を吹きかけているオレを見詰め、静かな微笑みを湛えたまま。 慎吾さんは話し出す。 ショーンの叫びで家人が集まって、彼女は夫に促されて部屋に戻り薬で眠らされた。 元々、彼女はショーンが生まれる前から精神も肉体も脆い人だったから。ショーンの寝たきりの様子にどこか箍が外れたのだろう。その点は、あの屋敷にいた人全員が心配していた部分でもあったのだが……。 事を公にしたくないため、いつも面倒を見てもらっている医者にすぐに屋敷に足を運んでもらった。 ショーンは発作をなんとか押し留めて、お前の傍から離れなかった。 「消えて、良かった」 「?」 首筋に優しく指が這わされて思わず竦めると、慎吾さんが苦笑した。 「……あの時。お前のこの首筋には赤黒い痣が残っていたんだ」 ぞくっとして慎吾さんの手を掴む。 「食い込んでいた指の形が、そのまましばらく残っていたんだ……」 それも包帯に巻かれて見えないようにしていたけれど。 優しく手を握り返されて、少しだけホッとした。 「あの後、迅は一月ほど意識をなくしていてね。俺もぶっ倒れていて、見舞いもいけなかったんだけど」 悔しそうにそう言いながら、慎吾さんは辛そうに顔を歪めるから。その手をまたオレから握り返す。 「迅の家族も呼び戻されて、結局事故って事で入院して、そのまま家に帰ったんだよ」 覚えてない? そう訊かれて、そんな話を聞いたような気もする。 あの頃の記憶がかなり曖昧なのは、あの事件の所為だったわけだけど。 その事を。 責めを負う必要なんて。 慎吾さんにはこれっぽっちもないのに! だから。 気になった。 オレが気にしなくてはならない事を、確認する。 「オレより。その……。慎吾さんの背中の、傷」 「あー。うん、まぁ、これは」 俯くような仕種の後、ゆっくりと、言葉を紡ぐ慎吾さん。 俺が、願ったんだ。 この傷跡を残すように。 「なんで?」 「……忘れないように、刻み付けておきたくって」 護りたいものを、護れなかった『印』として。 「慎吾さん」 オレは紅茶をテーブルに戻すと、静かに、でも決意も持って懇願した。 「あの。イヤじゃなかったら、背中をもう一度見せてもらえませんか?」 「……いいよ」 慎吾さんは上からシャツのボタンを4個位外すと、そのままがばっと下から捲って腕だけにシャツを通したまま背中をはだけさせてくれた。 顕になった背中に、刻まれた印。 あぁ。 そっと。 右手を伸ばしかけて、でも躊躇して戻しかけて。 もう一度伸ばして、震える指先で、傷痕を、ゆっくりなぞる。 「ふっ。くすぐったいよ」 慎吾さんが肩を軽く揺らして笑った。 この傷は。 間違いなく、オレを救ってくれた、……証だ。 迷わずに、今度こそ。 「……ありがとう、ございます」 そう御礼を呟きながら。 翼を切り落としたようなその痕に。 優しく、口付けを落としたのだった……。 2009.08.19 しゅりんか あとがき うーん。一回で過去ネタ終わらせる予定だったのに、引きずっちゃったなぁ。今回で「あれ?」って感じる部分は次回はっきりさせます。 初っ端いちゃついてるのは、ずっとそう出来なかった鬱憤晴らしですよ!! 読んでくださってありがとございました。 感想でもあればどぞ。 |
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