「遅刻してきたのは、それなりの理由があったのはわかった。ほんの10分ほどの遅刻で怒るほど小さい男じゃないぞ、俺は」

だけどな、

両腕を組んで仁王立ちしたまま、俺は約束時間に遅れて走ってきた目の前の少年をチラリと見上げる。
きっと全力疾走したのだろう。
未だに整わない呼吸と汗ばんでる様子でそれはわかり過ぎるほどわかる。

わかるんだけどな、

「……なんで俺が責められてる様な顔で見られなきゃならんのだ」
「ええっ!!?ぼ、僕そんな顔してますか!!?」

無自覚かよ、オイ。
慌てて両手で自分の顔を触りまくる健太郎に溜め息を吐く。
相変わらず時々わけわからなくなるな、こいつの事は。
むしろ自分さえもわけわからん行動を取ってるくらいだ。俺が理解できなくても不思議ではないだろう。

「とりあえずどっか店にでも入るか。ちょうど日差しが当たって暑いからな、ここ」

今日の最高気温は何度だって言ってたっけなぁ。
適当に天気予報を見てた事を少し悔やみながら歩き出した俺は、袖をつかまれて二度目の溜め息を吐く。

「わかりました!わかりましたよ幹彦さん!僕が“そんな顔”してた理由!!」
「……ああ、そうかよ」

“そんな顔”って、自分でどんな顔してたかわからんくせに、このガキは。
というか、いちいちめんどくせーから、軽く流した俺の気持ちを少し汲んでくれ。
蒸し返すな。
悟れ。

「あのですね、少々嫉妬してまして。さっき、僕を待ってる間に男の人と話してたでしょう?」

確かに、話してた。

「よく行く喫茶店の店員だ、そいつぁ。たまたま会ってなぁ。お前も何回か連れて行っただろ?若い店員いたろ?」
「ああ。あの天然わんこ気質な」
「…………」

どんな認識だ、それ。

「幹彦さん、すっごく楽しそうだったから。ついその店員さんに嫉妬してしまいました。すみません」

風がないのが悪いのか。今日はここ最近で一番暑い。
20度以上あるのかもしれない。
顔が火照ってるくらいだからな。うん。

さっさとどっか適当な喫茶店に入って、冷たい飲み物でも飲もうと無言で歩き出した後ろで、クスリと健太郎の笑った声が聞こえる。
なんなんだ、ちくしょう。
今、そのどっかの少女漫画のヒーローみたいな笑い方をするなっ。
顔がますます火照る!!

「今回は僕が遅れた所為ですけど、気を付けて下さいねっ」
「何をだっ!」
「あまり知らない人に着いて行かないで下さい。いや、知ってる人にもむやみに着いて行かないで下さい。僕以外は。どうしても着いて行くって時は全力で注意して下さい」

一体何を全力で注意するんだ。
隣を歩く健太郎に呆れた視線を向けると、真剣な顔を近づけてきた。

「いいですか、幹彦さん。今の時代、危険なのは女の人だけじゃないんです。幹彦さんみたいな大っっっ変に可愛らしーーーーーーーーっっ、男の人も危険なんですからっっ!!!!!」
「わかった。この暑い中走ってきたから頭が沸いたんだな。おじさんが良いもん奢ってやるからもう少し我慢しような」
「幹彦さんは自覚が無さ過ぎですよっ!!!」

必要のない自覚を持ってどうするんだね、健太郎くん。

「今の店員さんだって、幹彦さん狙いかもしれないじゃないですか!」

ありえん。
なんてありえん心配をしてるんだこの馬鹿は。

「確かに、お茶にでもって誘われたけどな」
「やっぱり狙われてるんじゃないですかーーー!!!!!」

うぅ!今のはまずかったか。
実は喫茶店に行くたびに「今度二人きりで話がしたい」と誘われてるってのは…やはりここは言わないでいた方が……、

「二人きりで話がしたい。なんて何度も言われたりしてるでしょう!!」

って、なんでわかるんだお前は。何者だっっ!!!!!

「…………」
「…………………」

驚きで目を見開いた俺に、先ほどと同じく責めてる様な顔を見せる。
やばいぞこれは。
なんだか無駄に誤解を与えてしまったらしい。

「あー…コホンッ。確かに何度か誘われはした。だけどな、決してお前が考えている事はない。絶対に、だ」

というか、この俺が男に誘われてるだなんて…。
想像しただけで鳥肌が立つぞ。
お前みたいなヤツがそうそういてたまるかってんだ。
ここまでハッキリ宣言したっつーのに、まだ健太郎の顔は戻らない。

すっかり立ち止まってしまった俺達を、道往く人々が邪魔そうな視線を向けてくる。
いかん。
こうなったら早めに決着をつけねば。

「お前が来るのに他のヤツに着いて行くわけないだろーが」
「幹彦…さん?」

ほら。と、手を差し出す。
人前では絶対にしない行為に、途端に機嫌が良くなる顔。
現金なヤツだな。まったく。

「僕と待ち合わせしてなかったら着いていきましたか?」
「お菓子あげるからって着いて行くガキじゃねーんだよ、お前と違って」
「僕だってお菓子あげるって言われても着いて行きませんよ!!相手が幹彦さんならどこまでも着いて行きます」

ぐっ。と、親指を突き出して宣言されてもな〜。
あまりにも男らしく宣言されて、内容とのギャップに笑ってしまう。

「健太郎。これ、後1分な」
「せ、せめて5分!」
「なげーよ」
「それじゃ、4分30秒!」

秒単位は細かすぎだろ、馬鹿。

随分と俺も甘くなったもんだ。
4分30秒から5秒単位で時間数を減らしていくでっかい子供を見て、なんだか妙に楽しい気分になる。

他のヤツになんか、着いて行くわけないだろ。
こっちは、こんなにでっかい子供の世話で手ぇ一杯なんだぜ?
ほんとに、わかってんのかねぇ〜コイツは。
こっちは、お前を待ってる間何かあったのかって心配でしょーがなかったてのによ。


他のヤツと話している時でさえ、頭ン中にあったのはお前の事なんだぞ。



「よーし、わかった。妥協して後1分30秒は繋いでてやるよ」





そういう事、お前だって少しは自覚しろよ、バーカ。






END


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