拍手連載小説『秋桜』-5


覚醒 -awakening-

カーテンを閉めていないせいで、夜明けの眩しさで目を覚ました。なんだか見慣れない部屋といつもと違うシーツの肌触り。しばらく靄のかかった頭で考えて、勢いよく起き上がった。朝方にようやく眠りについたのでなんだかぼうっとしている頭に鞭を打つ。
そうだ、昨日家を飛び出した後雨に降られて、それから見知らぬ男に連れられてここへきたのだった。冷静に考えるとなんて無謀な話だ。
慌てて体を探りきちんと衣服を身に付けていることに安堵する。昨日男から借りたTシャツとズボン。大きすぎて首元など肩までずれそうだ。
乱れた髪を撫で付けながら改めて部屋を見回すと、寝室らしく清潔だが極端に物が少なく思える。部屋が広いのと家具が白で統一されているのも原因かもしれない。男を見下ろすとさっきの私が物音を立てたせいで眠りが浅いのか、薄っすらと眉を寄せて目を閉じている。こうやって見ると綺麗な男だと思うのだ。二重の瞳を縁取った睫毛は長いし、鼻はどこかの彫刻のように整っている。唇は嫌味を感じさせない程度に薄く、肌は女の私より綺麗かもしれない。染めていない黒髪は柔らかそうに顔にかかり、それが妙に色気を感じさせる。
いくつぐらいなのだろう。少なくとも私より10歳は年上に見える。
そんなことを考えていると男が身じろぎをした。眩しそうに腕で顔を隠して、そのまままた眠ったのかと思ったらふいに腕が退いて薄く開いた二つの目がこちらを捉えていた。

「起きてたのか」

少し掠れて聞き取りにくい問いに答えずにじっと見下ろす。相手も別に答えを求めたわけでもなさそうで、くるりと身体を反転させて肘をつき、ベット脇に置いていた時計を手にとって時間を確認している。それから、のそりとベットから這い出ると私を残して部屋を出て行ってしまった。
追いかけた方がいいのかとも思ったが、ひよこのように後を着いてばかりいるのもなんだか癪だし、寝不足も手伝って二度寝をしようと再びふとんを頭から掛けた。男のスペースが空いた分をゆったりと使う。自分のものではない温もりは案外悪いものではない。
そこまで考えて、はて、と無意識に首を傾げたくなる。私がいるのがまるで当たり前のように、違和感もなくそうするから私は一人で混乱する。昨日からずっとこんなペースなのだ。気を使うということをしなくていいような、それは私の都合のいい思い込みかもしれないが、それは居心地の良いような悪いような、人間関係というものをすっかり欠如したような空間がこの部屋にはある。それはあの男にも言えた。
重い瞼をとじるとあっというまに再び眠りの底に落ちていった。




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