創世紀 アスモデウス編 二章 街外の危険
グリンフィールに言われていた日になった。
余り気は進まないが仕方ない。
「アスモデウス」
「グリン」
「さ、幽寂(ゆうじゃく)都市フィソステギア行こう」
「うん」
迎えに来たグリンフィールに返事をすると外に出た。
「良い天気だね」
見上げると雲一つない綺麗な星空が目に映る。
「雨なんて滅多に降らないでしょ?」
それを聞いたグリンフィールは苦笑した。
「まぁ……冥界は降らないね」
「他は違うの?」
「魔界は、余り天候が良くない」
「魔界って治安だけでなく天気まで悪いの?」
「そうだな」
「ふ~ん」
興味なさげに生返事をする。
「まぁ、そのうちわかるさ」
そう断定された。
まるで世界に興味が湧くだろうと言われているようだ。
だがアスモデウスは今のところ普通に暮らせればそれで構わない。
世界がどうなろうと興味はない。
魔界にも行くつもりはない。
わからなくても困らない。
そう素直に口にすると苦笑された。
「まぁ……今は何も知らないしね」
知ったら変わるのだろうか?
そんな話をしている間に寂滅(じゃくめつ)都市アスフォデルの南門に着いた。
「ここからいよいよ外だ」
幽寂(ゆうじゃく)都市フィソステギアは寂滅(じゃくめつ)都市アスフォデルの南にある都市だ。
暗影国(あんえいこく)ルインコンティネンスの中心に位置している。
その幽寂(ゆうじゃく)都市フィソステギアに行くためには黒影荒野エレンダニカを通る必要がある。
黒い荒野だ。
暗いからではない。
土の色が黒なのだ。
そのため、灯りがなければ何も見えない。
「真っ暗」
感想はその一言に尽きる。
星空で照らすにはこの荒野は暗すぎた。
グリンフィールは荷物の中からランプを取り出すとそれに火をつけた。
周囲が明るく照らされるが、そう遠くまでは照らせない。
「これで少しはマシになる」
確かにないよりはマシだ。
基本的に魔皇(まこう)族は空を飛べる。
そのせいか、街と街をつなぐ道というものが存在しない。
だから灯りで照らされたとはいえ地形が分かる程度だ。
「最低限、灯りと羅針盤はないとたどり着けない」
どこまでも暗い荒野……方角などわかるはずがない。
アービトレイアはいつでも夜だ。
方角を指し示すものは何もない。
道に迷ったら終わりだ。
「外は、危険だね」
「そうだな。確かに、危険だ」
街の外にある危険は魔族や魔物だけではないということだ。
「さぁ、行こう。こっちだ」
グリンフィールの後について行く。
暗い荒野を二人は進んだ。
どれ位進んだだろうか……?
突然、グリンフィールが足を止めた。
「グリン?」
「……来たな」
さすがにその言葉の意味まで分からないほど子供ではない。
「まさか……」
グリンフィールの見ている方向をアスモデウスも恐る恐る、見た。
いた。
大型の狼のような姿をしている魔物。
それが、八体。
「さぁ、頑張れ! アスモデウス」
それを聞いた瞬間、アスモデウスは抗議の声を上げた。
「グリンは手伝ってくれないの!?」
「大丈夫。そんなに強くないし。八体だけだし」
「でもっ!」
「本当にヤバくなったら助けてやるから、まずは一人で何とかしてみな」
グリンフィールは加勢してくれるつもりは全くないようだ。
「うう――」
不満だが、仕方ない。
余りよそ見していると、後ろから襲われる。
魔物も狙うのは弱い方からだ。
グリンフィールに向かっていくような無謀はしないだろう。
となれば、襲われるのは必至。
覚悟を決めなければ、やられる。
ぎりっと歯をかみしめ、印を組む。
戦闘するのは初めて。
動いているものに紋章術を放つのも初めてだ。
じりじりと間を詰めてくる魔物。
その一体に向かって紋章術を放つ。
…… ι γ θ β ι ξ ι ξ θ ε β ε ξ σ τ ι ν ν υ ξ η α υ ζ δ ε ν σ τ ε ς ξ
アスモデウスの主属性は〝星〟。
これが一番得意だ。
青白く燃える星をぶつける。
――瞬く星にはしゃぐ子羊
グリンフィールほど早く印を組めないし威力もまだまだだが、下級よりも上級である星の方が威力が高い。
勿論、それが主属性でもあるからだが。
だからこれが一番威力を期待できる。
直撃した一体は倒せたようだが、残りがまだいる。
「うぐっ――!」
素早い動きで別の魔物が鋭い爪で攻撃してきた。
腕に鈍い痛みが走るが気にしてはいられない。
…… δ ι ε σ τ υ ξ δ ε φ ο ν τ ο δ ε ι ξ ε σ τ ς α υ ε ς ξ δ ε ξ ξ α ς ς ε ξ
倒せなければ……死ぬのは自分。
それがこの世界の常識だ。
――嘆き暴れる愚者の断末
紅蓮に燃える大きな隕石を落とす。
地面が業火で解ける。
魔物の一体に直撃したようだが、周囲の魔物も熱波にやられている。
「はぁ……はぁ……――」
上級紋章術の連発は身体にキツい。
もう少し精神力があればいいが、今はまだそれほどあるわけではない。
それに慣れていない。
精神力を無駄にしている自覚はある。
これ以上の上級紋章術は無理だ。
動きの鈍くなった魔物に止めを刺さなければ――
…… ι γ θ σ γ θ ξ ι τ τ ε σ
アスモデウスは下級は陰属性しか使えない。
水や氷では駄目だ。
植物は止めを刺すような攻撃系ではない。
となると、取るべき行動は決まってくる。
――疾風(しっぷう)で引裂(ひきさ)く碧(みどり)の騎士
もう少し威力があれば首を落とせるのだが、まだそれほどの威力は出せない。
何発か当てなければ倒せないだろう。
魔物の攻撃を避けながらアスモデウスは印を組んだ。
「ぜぇ……はぁ…………――」
全ての魔物を倒しきるころには、アスモデウスは疲れ切っていた。
怪我もしている。
正直、痛い。
「初めてにしてはよく頑張ったな」
そう言って手を差し出してくるグリンフィール。
その手を取りながらアスモデウスは思った。
生きるのは楽ではない。
そんなことはわかっているつもりだった。
でも、しょせんはつもりだっただけだと痛感した。 |
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