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屯所の庭にいついている猫、とらちゃんに公然と餌をやれるようになった理由を、近藤と土方、そして沖田の3人以外は知らない。 かなり小柄なので屯所の外の猫社会が怖いのか、あるいはよほど屯所の居心地がいいのか、とらちゃんは屯所の外に出歩くことはほとんどなく、常に庭のどこかしらを歩いていたり、あるいは日向で居眠りしていたりする。その姿はむさい男だらけの屯所において唯一ともいえる和み系の存在だった。隊士たちはなぜあれだけうるさく禁じていた土方がとらちゃんに餌をやることを黙認するようになったのか不思議がったが、その変化自体は大いに歓迎した。 相変わらず部屋に上げることは許されていないが、近藤だけはときおりこっそりと自室に招いているらしい。とらちゃんが細く空けられた障子の隙間からこそこそ出て行くところを隊士たちは何度か目撃している。土方もそれを知っており苦々しく思っているようだが、なぜかこの件についてはあまり強く言わない。とらちゃんが近藤以外の部屋には足を踏み入れないルールを守っているせいかもしれない。 その日、土方は自室に戻ろうとして、隣の近藤の部屋にとらちゃんがまさに入ろうとしている場面に遭遇した。ふたりは動きを止め、そのまましばらく見つめ合う。 「近藤さんならいねえぞ。今日は本庁行ってるから」 土方はとらちゃんに言う。近藤は自分がいないときでもとらちゃんが部屋に入ってこれるよう、常に障子を少し開けておくようになった(土方がいるときを除いては)。 「にゃ」 「なんだよ、教えてやってんだよ俺は。近藤さんのいないときまで自由に出入りしてんじゃねえよ。俺だってそこまでしてねえのに」 「にゃあ」 「近藤さんがやさしくしてくれるからって入り浸りやがって……近藤さんと一緒にいる時間、俺より長げぇんじゃねえの。図に乗んなよ」 とらちゃんは基本ヘタレなので、目つきの悪い土方にメンチ切られてすでに軽くびびっている。けれどとらちゃんは近藤のことが大好きなので直感で悟った、「ライバルだ!」と。 「にゃあ!」 「なんだよその反抗的な声! お前なんていつでも屯所の外に放り出せんだからな、近藤さんのために置いてやってるだけだ。生かされてるってことを忘れんなよ」 「にゃあ!」 「だいたいてめえ近藤さんとこにいすぎなんだよ! ときどき泊まってんのだって近藤さんは隠してるつもりだけど俺は知ってんだからな、まさか布団の中で寝てんじゃねえだろうな、ざけんなよ」 「にゃあにゃあ!」 「俺が泊まれなくてなんでてめえが近藤さんの布団の中でぬくぬく朝まで寝てやがるんだ、近藤さんが許しても俺は許さねえぞ」 そのとき、とらちゃんが突然土方に向かって走り出し、その足の横をすり抜けた。 「え?」 「にゃあ」 土方に対する「にゃあ」とは明らかに異なる甘えた鳴き声。土方は恐る恐る後ろを振り向く。 「ただいま、トシ」 とらちゃんもただいま、ダメだろ俺の部屋以外のとこ歩いちゃ……近藤はとらちゃんを抱き上げながらこそこそ言っている。土方は眩暈を起こしそうになりながら尋ねた。 「こ、近藤さん、聞いてたの」 「聞いてたっていうか聞こえちゃったんです。その角でトシの声が聞こえてきて、はじめは誰と話してんだろと思って。とらちゃんと話してるってわかったら、ちょっと出づらくなっちまって、結果として立ち聞きしてました」 「ど、どこから聞いてた?」 「俺は教えてやってんだよ、ってとこらへんから」 「ほとんど最初からかよ!」 土方はあまりの恥ずかしさに思わず涙目になった。近藤はとらちゃんに「俺の部屋、行ってな?」と声をかけて下ろす。とらちゃんは素直にとことこと近藤の部屋へ入って行った。近藤の部屋にお気に入りの座布団があるのだ。 「トシ、お前の部屋にお邪魔したいんですが」 「え?」 近藤がにやりと笑う。 「とらちゃんに嫉妬しちゃったんだろ? そんなかわいいトシに俺はいま猛烈に感動してるので、そのお礼をさせていただければと」 「れ、礼ってなんだよ」 「まあまあ」 近藤は土方の腕を引っ張って土方の部屋へ進んだ。 「ちょっと近藤さん、まだ昼間だぞ!」 「いいからいいから」 「入室禁止」の札を出し、近藤は障子を閉める。1ミリの隙間もないほどしっかりと。
完
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