あれはなんだい、と時刻がオレンジ色の片目で何かを追って、空中を指差す。青い空のどこまでも続くような晴天に、雲が鱗
を作っていた。
「あれは魚だ」
導くように手を繋ぎ、隣を歩く真心が答える。視力を失くした男に片目を与えてからも、彼女の歩みは揺るがない。眠ってだっ
て歩けるのだ。両目が無くともきっと彼女は生きていけるだろう。小さな女の子の手にしがみつくようにして、時刻は歩道をゆ
っくりを歩いた。
「魚が空を飛ぶのかい」
「海に帰れないんだ。ずっとああやってうろうろしてる。深海に落ちると、上がってるか下がってるか分からなくなる現象があるだろう? あの魚は空で迷子になってるんだ」
「可哀想だね」
「そうだな」
空を泳ぐ魚は、真心の目にしか見えない。電波も、光も、人間の目では見えないようなものを、彼女のオレンジの瞳は全てを
視る。目まぐるしく空中を走る黄金の線に、時刻は目を瞬かせて、眩しい、と嘆いた。
「目が、焼ききれそうだ」
「俺様の目はこんな光で壊れねーよ」
彼女はそう言って、辛いか、と男に聞いた。人間を越えた生物の眼球は、弱いひとである時刻の脳をゆっくりと刻む。小さく、
華奢でありながら、何者よりも強い存在であった彼女の抱えるほんの一欠けらに、時刻は虫の息であった。
「辛くて、苦しい、けど。君と同じ世界が見れて、僕は少しだけうれしいよ」
「そっか」
少女はそう呟いて、時刻の手を引く。小さな手が掴んでくる力がほんの少し強くなって、時刻は答えるように握り返した。魚は旋回して未だ海を探しているようだった。


「真心の眼」
<時真> 戯言

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