拍手をありがとうございます このSSは現代版双花です。 *** 1.「大丈夫」が君の口癖 「ほら、まただ」 「え?」 「君の口癖」 腰に手を当て仁王立ち、あからさまな長い吐息を一つ。 整った面差しを曇らせた男の眉間には、滅多に見られないしわがくっきりと寄っている。 じろりと不機嫌そうに睨み下ろしてくる男を見上げながら、絳攸は熱に浮かされた頭で考えた。 (こんな顔をしていても、こいつは様になるな…) 険呑な印象をあたえる表情にも関わらず、目の前の男――楸瑛の容姿は崩れていない。 むしろいつもの甘さに苦味が加わって、これはこれで好ましい気がする。 恵まれた者というのは、どうやらちょっとやそっとではその価値が損なわれることはないようだ。 なんとなく納得した気分でうるんだ瞳を瞬けば、一瞬、天井が回った気がした。 「そんな状態でよく大丈夫だって言えるね、君は」 不機嫌絶好調の楸瑛のお小言は続く。 わかっているのかいないのか、ぼんやりとした顔でしげしげと自分を見上げてくる絳攸を見下ろして、苦虫をかみつぶしたような顔をしている。 そのわりに髪をわける手つきは優しく、むき出しの額に冷却シートを貼りつけた彼は、言い聞かせる口調で熱に火照った顔を覗き込んだ。 「いいから。今日は一日おとなしく寝ていなさい」 「でも仕事が…」 「そんな心配は体が回復してからにするんだね」 言うが早いが、ベッドサイドのノートパソコンを取り上げてしまう。 大股に部屋を横切り、寝台に沈没している絳攸からは絶対に手の届かない位置にそれを排除して、なるべく早く帰ってくるからと付け足すことも忘れない。 背広を羽織って振り返った彼は、どこかすまなそうな顔をしていた。 「本当は休みをとって看病したいところだけど、今日は外せない会議があるから」 「そこまでしてもらわなくてもいい。俺のことは気にするな。大丈夫だから」 「だから、それはなしって言っているだろう?」 いささか強い声で言い切って目を眇める。やっぱり今日の楸瑛は不機嫌だ。 それが心配からくるものだと察しはつくが、ここまでぷりぷりしていることも珍しい。 ゆえにやっぱりしげしげと見上げていると、言い過ぎたと思ったのか。 思い直したように笑んだ彼にほしいものを聞かれた絳攸は、ちょっと考えた後で首を振った。 「特にない」 「そう。わかった。じゃあなにか口当たりのいいものを買ってくるから」 一つ頷いて、腕時計に目を落とす。 朝からばたばたしていたが、そろそろ彼も出社の時間が迫っているはずだ。 後ろ髪をひかれる様子ながら、楸瑛は愛用の鞄を手に寝室の扉を閉める。 「あ、そうだ、楸瑛」 「え、なに?」 その間際、みえなくなった背中を呼び止めると、再び開かれた隙間からひょいと端整な面差しがのぞいた。 (うん、やっぱり) その顔を眺めて改めて納得する。 いままであまり意識していなかったが、実のところ自分はこの顔がとても好きらしい。 こんな風にちょっと驚いた顔だって十分に鑑賞に値するのはすごいことだ―――なんてことを思いながら、絳攸は惚れ惚れと口を開いた。 「知らなかった。お前ってかっこよかったんだな」 「は?」 「引き留めて悪かったな。遅れるぞ。早く行け」 言うだけ言ってひらひら手を振れば、ぽかんとしていた楸瑛があわてたように腕時計と絳攸を交互に見る。 「だって、絳攸…」 「そんなびっくりした顔するな。しかたないだろ。熱があるんだから」 そう、すべては熱のせい。 普段は絶対に言わないようなことを言ってしまうのも。 むしょうに大好きで大好きで大好きだと思ってしまうのも。 きっと熱のせいなのだ。 「行ってこい」 重ねて急き立てると、物言いたげな目を向けた楸瑛は、しかし結局なにも言わずに部屋を出ていった。 ちらりと見えたその耳が、かすかに赤く思えたのは気のせいだろうか。 言いっぱなしはずるいよ―――扉が閉まる間際、確かに拾った短いつぶやきが、まぎれもない照れを含んでいたように思えるのも。 「なんだ。可愛いところもあるんだな」 遠くで玄関の閉まる音がする。 去っていく大好きな人の気配を熱に浮かされた頭で感じながら、布団をかぶった絳攸は小さく笑い声を立てた。 *** 私の頭が熱に浮かされていたようです。 絳攸だって楸瑛をかわいいと思うときはあるはずだと主張してみる…。 うちの現代版絳攸は寝てばっかだな…(笑) 強くて弱い人へ七題 jachin http://phantasien.lomo.jp/jachin/ *** 二枚目はガッシュです。 |
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