『夜明け』








「明けてしまいましたわ」



硝子越しに人工の空を見上げていた彼女が、ぽつりとそう漏らす。
どこまでも残念そうで、溜め息交じりのその言葉に、アスランはただただ書類を整理するだけだった。
彼女が窓際に椅子ごと移動した、少し前と同じように。



「明けてしまいましたわよ?」



確認するように、肩越しに振り返るラクスに、アスランはそうですね、とだけ返す。
そうしつつも、自分の仕事をこなしていく。
書類の束と、大量に溜まってる事務連絡のメールを片付けないことには、盆も正月もありはしないのだから。

すると、あからさまに不機嫌な様子でラクスが椅子ごと移動してくる。
キャスターなんてついてない方がいいな、とアスランは溜息をついた。



「子供じゃないんですから、ちゃんと歩いて移動して下さい」
「アスラン、新年ですのよ?新しい年ですのよ?」
「仕方ないでしょう?仕事は待ってくれないんですから」



世界は未だ、平和とは程遠いところにある。
あちこちでまだ、戦火は燻り続けていて。
最近では、オーブの近海でも戦闘があったと旧知の友が連絡してきたばかりだった。



「わかってますわ」



馬鹿騒ぎをしたい訳でも、ましてや全てを投げ出したい訳でもなくて。
今、やらなくてはならない全ては、自分たちで解決しようと終わらせようと、望んで引き受けたことなのだから。



「そうではなくて、たった一言ですのよ?」



人工物の都市が、ゆるゆると眩いばかりの光に包まれていく。
空に浮かぶプラントにも、地上と同じく、等しく朝はやって来る。
今日は、それが年に一度の、その年の初めという、それだけの――、一日。



「――…」



当たり前のように、彼女と迎えるようになった、この日。
もう数えられるくらいに、迎えてきた――そのことや。



「明けましておめでとうございます、ラクス」



こんな、たった一言を交わせる、そんなことが幸せだということを、アスランは知っていた。
今、こうして生きて、そして互いの手を取れた――その結果の日々。



「明けましておめでとうございます、アスラン――ちゃんと言えましたわね」
「…子供じゃないですよ」



嬉しそうにラクスは、笑みを浮かべながら、アスランの藍色の髪を撫でた。
そして、空の色のように綺麗ですわね、と明けていく空を見遣り、呟く。

釣られて見上げた空は、藍色と橙色がせめぎ合い――。
もうすぐ、夜明けを迎えようとしていた。




End…



あけましておめでとうございます。
まあ、年賀状代わりというか、そんな感じで。

090103  彼方




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