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猫の住む町97



97

 子猫たちは震えながら、目の前に広がった惨状をただ呆然と見つめていた。


 きっかけは些細なことだった。
 久しぶりの休日とあって、まるで屍のように眠っている金時を気遣って、お腹を空かせた銀がキッチンを漁っていた。

 いつも金時が出してくれる猫缶を探すものの、子猫の手に届くような場所にはどうやら置かれていないらしい。
 ふんふんと鼻を鳴らしながら、銀はどうにかこうにか、流し台の上まで飛び乗って、冷蔵庫を開けようと張り切った。
 このひんやりする扉の中から、金時がよく食べ物を出すことを銀は覚えていた。

『ぎんー』

 そんなとき、金時と揃ってすやすや眠っていたはずのトシが、寝ぼけ眼でキッチンまでやってきた。どうやら、隣にいたはずの銀がいないからと探しに起きたらしい。

『とし、ここだよ』
『にゃ』

 てこてこと歩いてきたトシは、首を傾げながら流し台の上の銀を見上げた。

『なにしてるの?』
『おなかすいたから、ごはんさがしてた』
『ん、きんちゃに、おねがいする?』

 銀は小さく首を振った。

『まだねてるから、いーよ』
『・・・おこられない?』

 だいじょうぶ、と根拠なく銀が得意げに鼻を鳴らす。
 それに、銀が言うことに間違いはないと、トシもふんふん頷いた。

 銀は冷蔵庫と足場の流し台を交互に見つめ、意を決して飛びかかる。前足を手をかける部分に引っ掛ければ、がちゃんと音を立てて扉が開く。

『あ!』

 ぼと、と落ちてきた銀に駆け寄ろうとしたトシだったが、ふと白猫の背後で開いた冷蔵庫の扉に入っていた、マヨネーズを見つけて思わず瞳を輝かせた。

『まよ!』

 にゃんにゃんとご機嫌な様子で、トシは転がった銀を飛び越えてマヨネーズに駆け寄った。

『・・・とし』

 マヨネーズに負けてちょっとショックだった銀は、多少いじけながらも、目的のものを探すべく顔を上げる。

『・・・うーんと』

 自炊はするものの、普段から食品を常備していない金時の冷蔵庫は、思った以上に寂しいものだった。しいて言うならば、酒のつまみになるようなものばかりで、子猫の腹を満たせるようなものは何もない。

 だが、銀は冷蔵庫の隅に、普段はないものを見つけた。
 マヨネーズに夢中のトシを置いたまま、銀は冷蔵庫の棚をよじ登ってそれをまじまじと眺める。

 それは、たぶんケーキのような、お菓子を入れるための箱だろう。
 大好物は甘いものである銀は、それを知っていた。

 そっとその箱を引っ張って、中を覗こうとするものの、子猫の手では上手く開けることが出来ない。

『んんん・・・っ』

 齧りついて、強引に引っ張ってみるがなかなか上手くいかない。
 うにゃうにゃと眉間に皺を寄せながら、唸る銀がぐいっと顎を上げるようにして引っ張ると、ついに箱は動いた。

『あっ!』

 動いたが、それは想像よりも大きく、足場から大きく引っ張り出された箱は、綺麗にべっしゃりと逆さまを向いて床に落下した。

『にゃ!?』

 いきなり降ってきた箱に驚いたトシが、目を白黒させながらマヨを口の端から垂らしている。
 銀はあたふたしながら、床に飛び降りて箱に駆け寄った。

『これ、なぁに?』
『・・・わかんない、なか、なんだろ』

 んー?と首を傾げるトシの、口から零れているマヨを優しく拭ってやって、銀はおろおろと箱を覗いたりつついたりしていた。

『どうしよ、きん、おこるかも』
『・・・きんちゃ、おこるの?』

 今にも泣き出しそうな顔をして、トシは不安そうに銀に擦り寄る。

『どうしゅるの』
『・・・かくしても、ばれちゃうかな』
『このなかに、もどしたらいいよ!』

 うんしょ、とトシは懸命に鼻の先で箱を冷蔵庫へと押し込もうとする。だが、引っ張り出すのも精一杯だった箱が、その程度の力で動くはずもなく。
 二匹で力を合わせても、それは僅かに揺れるだけだった。

 どうすればいいのかと、銀がパニックになりながら泣きそうになっていた、まさにそのとき。

『銀?トシー?どこ行ったんだ?』

 ガチャ、と扉が恐怖の音を立てた。
 びくっと大げさなまでに震えた子猫たちは、あたふた箱の周りを走りながら、もはや逃げるという選択肢も出せないようだった。

『おーい、銀?と・・・し・・・』

 二匹の子猫を探していた金時の声が不自然に止み、同時に三人、いや一人と二匹の動きはぴたりと静止した。

 そうして。
 どれほどの沈黙が流れただろう。
 先に動いたのは、金時だった。

 ため息混じりに、逆さまになってしまった箱を拾い上げると、開きっぱなしだった冷蔵庫の扉を閉める。
 今にも雫が溢れ出しそうな目をうるうるさせている二匹の子猫を見下ろして、金時は少し寂しげな笑顔を浮かべた。

『・・・ごめんな、ちょっと出かけてくるから、いい子で待ってるんだよ』
『にゃ、・・・ぁう』

 金時は、怒らなかった。
 それが何故か、逆に寂しく感じた二匹は、寂しげに部屋へと戻っていく金時を追うことが出来なかった。

 暫くしてから、支度をして出てきた金時が戻ってくるまで、二匹は呆然とその場に立ち尽くしていた。

『じゃあ、・・・行ってくるね』

 そうして去っていった金時を、二匹は再び、呆然と見送った。



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