朝は、ダメだってば。 バタンとドアが閉まる音がして、次いで水を流す音が聞こえてきた。 ただでさえ朝が弱いのになかなか寝つけずにいて少し焦って、漸く意識が沈みかけた時の事だった。 オレンジの小さな電気がついてるだけの部屋の中に、洗面所の灯りが漏れてきて少し明るくなる。 あぁ麻人がトイレに行ったんだなと認識して、ぼんやり天井を眺めていたらすぐに部屋がまた暗くなった。 今日は珍しく麻人と二人でテレビを見入ってしまってベッドに入ったのが12時過ぎだったから、今はもう1時は回っているだろう。早いとこ寝ないとと思って寝返りをうつ、のと同時にぺたぺたと歩く音がして、ベッドが軋んだ。ハシゴがぎ、ぎ、と小さく鳴る。ハシゴ……ハシゴ?なんで。 嫌な予感がして目を開けると、案の定麻人がハシゴを上って、今まさにここに、二段ベッドの二段目に乗ろうとしているところだった。いやいや、だから、なんで。 「ちょっと、おい、麻人」 「んー?」 「何してんの」 「………なんで尚樹が俺のベッドで寝てんだよ」 「はっ?」 ベッドの柵の向こう側で麻人の頭が揺れている。寝惚けてるのか。前の部屋は、麻人が上のベッドを使ってたからまぁ間違えても仕方が無いと言えば仕方が無いけど、俺が寝てる時点で気付いて欲しい。 「どいてー」 「いやここ俺のベッドだから」 「なんで?」 「自分で上はハシゴ上るのがめんどくさいって言ったんだろ。ほら下戻って」 「む、んー、わっ」 なんかもごもご言っていると思ったら視界から麻人が消えて、ドン、と派手な音がした。 絶対下の階の奴驚いただろうなとちょっと的外れな事を考えながら下を覗き込んでみれば、麻人が床に引っくり返って痛い、とかなんとか言っている。そりゃ痛いだろう、そんなところから落っこちたら。 「大丈夫?」 「に見えるか?」 見下ろす俺をじろりと、まぁ暗くてよく見えないんだけどたぶん、睨んでいる。眠かったけどこのまま放っておくのはあんまりだから、仕方なく下に降りてみると、麻人はまだ引っくり返ったまま頭をさすっていた。 「頭打ったの?」 「うん」 「他は?」 「平気」 「まったくしょうがないな。っていうかいつまで転がってるんだよ」 腕を引っ張って起こしてやる。なんで夜中にこんな事してるんだろう。夜くらい静かに寝かせてほしい。 「もう、最悪」 「自分が寝惚けてたのが悪いんじゃん」 「そこはおまえ、俺がそこで寝るっつったらどいてくれればいいじゃん」 「そんな理不尽な」 誰が聞いても今のはおかしいって言うよ。でもなんだか喋るのもめんどくさいし、とにかくこのどうしようもないゴジラを、なんとかベッドに移さないと安心して眠れない。 「もういいから早くベッド入って」 「よし!一緒に寝てやる!来い!」 「……何その微妙なテンション」 「いや、なんか目が覚めて」 「はっ?」 「今の衝撃で眠気吹っ飛んだ」 えぇぇ。勘弁してくれ。俺は眠い。明日も早いし、そうじゃなくたってなんでこんな夜中にまでゴジラに振り回されなくちゃならないんだ。 「…じゃあ一人で静かに遊んでて。俺は寝るから。おやすみ」 「なんだよそれ薄情者!」 「どこがだよ。だいたい明日学校だろ。目瞑ってればそのうち寝れるから頑張って」 「頑張って!?馬鹿かおまえなんで寝るのに頑張らなきゃいけねぇんだよ!つーか眠れない!」 「じゃあ起きてれば」 「つまんない!」 「知らないよ」 「じゃあここでオナニーしておまえの睡眠を妨害してやる!」 「…………頭打った?」 「だから打ったっつってんだろ!」 「重症だね。明日病院に行った方がいいよ」 もう付き合ってられない。まだ何か言ってる麻人を無視して、俺はベッドに入った。 入ったけど、麻人と喋ってるうちにこっちの眠気までどこかに飛んで行ってしまってなかなか寝付けない。 しかも張本人はあれだけ騒いでおいて、意外な程あっさり自分のベッドに戻り、ものの数分で寝息を立て始めた。 最悪だ。 「なーおーきーーー」 「…………」 「おい!朝だぞ!起きろ!」 「……無理」 「無理じゃねぇ何時だと思ってんだよ!起きろ!」 「…………」 ゆさゆさ、バシバシ、その上ほっぺたを抓られる。 起きなきゃいけないのはわかってる。遅刻して困るのは俺だ。麻人に毎朝起こしてくれと頼んでるのも俺だ。わかってる、けど、目が開かない。頭が重い。 「おい!遅刻するぞ!」 「…………」 ぺちぺち、がくがく、ツンツン、そして布団を剥がされる。 やばい。本当に頭が痛い。 「無視か!人がせっかく起こしてやってんのに!ふざけんな!いい加減にしろ!」 「ちょ、…待って……」 「待たねぇよ!パンツ下ろすぞ!」 何この人、本当に下ろそうとしてるし。わけがわからない。誰のせいでこんなに辛い思いしてると思ってるんだ。自分だけ爆睡して、せめて謝るとかもう少し優しく起こすとか、出来ないのかこのゴジラは。 「おい、起きないとちんこ写メ、」 「このバカ!!」 俺は初めて人を思いっきり引っ叩いた。 麻人は、俺が手を上げた事に余程驚いたのか、その日一日やけに大人しかった。 基本的に暴力は嫌いだし(意外とこっちの手も痛いんだ、これが)これから先もうよっぽどの事が無いと人を叩いたりしないと思うけど、日々おかしな方向に進化しているゴジラに対して、教育方法を改めた方が身の為だなと、思った。 終 |
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