TRACKS01



SPG J/O









雨は砦のように辺りを包囲し、帳のように部屋を飛沫で覆い隠した。
激しい雷雨は衰える事なく降り続ける。
窓を流れ落ちる大量の雫が川のようだった。

「帰れねえ」
優はカーテンを開き、空を見上げて呟いた。後ろからどうでもよさげな相槌が返ってくる。あぁ、とかなんとか。
「まず飛行機が飛ばない。欠航。それからこの雷と雨でタクシーすら迎えに来ない。メトロはスト。…どーなってんだよ!!」
八つ当たりのように言って振り向いた優に、ジャンがニヤッと笑った。
「帰んなって事だろ?」
「もーじき期末なんだよ。俺の進級がかかってくんだよ…!」
「お前も懲りねえな。もういいから諦めちまえよ。もう一年やそこら、高校生やってたって別にいいだろ?」
「よくねえ!」
「よくなかろうがどーだろうが、今日は無理だ。もう一泊してけよ」
「…なんか嬉しそうだなお前…」
「気のせいだろ?」



*



目覚ましが鳴っている。
俺は今日は完全オフだ、一切動かねえ。ていうか目覚ましかけたっけ? そう思って少しだけ意識が浮上する。
ああ、違う、玄関のベルだ。呼び鈴がしきりに鳴っているのだ。
うるせえ……と思ったが無視するにはすでに長く鳴りすぎている。多分このままでは大家に怒られるだろう。諦めの悪い訪問者に悪態をつく。
ジャンはぼさぼさの頭をかき回しながら、そこらへんにあったシャツをひっかけて階段を降りた。
ドアを開け、ろくに相手も見ずうるせえ、と言おうとしてジャンは固まる。
「よ、」
「……何してんだ、お前」
「何って、途中下車」
ジャンは上から下まで目の前の優を見る。こいつ、アホじゃなかろうか。ほとんど手ぶらで、ポケットにパスポートと財布。それから腰にぶら下げたファニーバッグ。ジャンも常に私服での移動時は似たようなものだが、それに輪をかけて「そこのコンビニへ行って来ます」みたいな格好だった。サンダル履きじゃないのは誉めてやる。
「家出してきたのか?」と思わず聞いてしまったくらいだ。
「してねーよ。っつかお前もうちょっとわかりやすい地図書いとけよ! 散々迷ったぞ」
「お前、何回か来てるだろ……」
「だってお前についてきただけだし。一人で来たのは初」
そうだっけ? と言うとうんと頷く。どうやってここまで来たのか聞くと、
「その辺で適当に道聞いたらここまで女のヒトが連れてきてくれた」と言う。
嫌な予感がする。俺のヤサを知っている女。噂と世話が三度の飯より好き。お節介と図々しさの狭間にいる女。
「……もしかしてそれは赤毛の釣り目で胸のでかい女か」
「うん、そう。美人だった」
ジャンは天を仰いだ。よりにもよってこいつは一番タチの悪いのに捕まりやがって。つうかお前、なんでこんな市街地で迷うんだ、ジャングルじゃねえんだぞ。どんな秘境だって、迷ったことなんか無いくせに。
「え? 何かまずかった?」
多分道案内をしたのはアデラだ。絶対に次会ったら揶揄われる。「何可愛いの連れ込んでんの」とか何とか。うるせえ、放っとけ。想像のアデラが笑うのを追い払う。確か、先週のツケはまだ清算していないはずだ。
まあいい。今は。どうでもいい。
「……いや……こっちの話。まあ入れよ。綺麗にゃしてねえからそのつもりでいろよ」
「期待してねえよ」
そういって優がくしゃっと笑った。



*



ベッドは乾いた匂いがした。本当に帰れないことを認めたら、もう何だかどうでもよくなってしまった。
明日考えればいい。太陽が昇った後に、全部。今は駄目だ。だってそこに、片割れがいる。
急激に、眠くなる。世界から音が少しずつ失われてゆき、ホワイトノイズはやがて完全な無音に落ちる。
どうしてこんなに眠いんだろう。もう目覚めたくない、このまま、ずっと。
身体が叫ぶ欲求と、理性が制御する思考なら、いつも後者が前者を完璧に制圧する筈だった。
常に間違わず、機械みたいに。
けれどジャンはその欲求に従え、理性を切れと誘惑する。
簡単だろ?
バカ、それじゃ獣じゃねえか。
と言ってから、しまったと思う。
案の定、ジャンは凄絶な笑みを浮かべた。
そうだ、獣だよ。お前も、
オレ?
ああ、俺よりタチが悪ィ。
答えられなかった。
それは多分本当のこと。

雨は降り続いている。
稲妻がフラッシュを焚くように部屋を明るくしては消えた。

俺が、お前といる理由。
そんなもん一つしかねえよ。
笑っちまう程単純で、泣けてくる程率直な。

多分目の前の相手も同じことを考えている。
そんなの目を見たらわかる。
カウントダウン。

そしたら目を閉じて、
あとは墜ちていくだけだった。
どこまでも、ふたりだけで。







END












20111023

flooting summer 別バージョンのサルベージを。
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